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二宮さんと付き合い始めてから、パンケーキが美味しい例の喫茶店に行くのは初めてだった。
今日は私たち以外お客さんはいないらしい。店長さんは私と二宮さんの前にお冷を置くと、「お二人揃って来店されるのは久しぶりですねえ」としみじみと言う。お店の人に顔を覚えてもらっているというのは常連さんになったみたいでちょっぴりくすぐったい。なんて思った直後、店長さんは爆弾を投下した。

「前から仲が良いカップルだと思っていたのに、お二人とも急に一人で来店されることが増えたので心配していたんですよ」

反射的に顔を上げた私ににこりと微笑みかけて、店長さんは「ご注文はお決まりですか?」と首を傾げた。





飛び込むレールを間違えた





店長さんの爆弾発言のせいで、私たちの間には妙な気まずい空気が流れていた。
私と二宮さんが付き合い始めたのは本当に最近のことで、付き合い始めてからここに来たのだって今日が初めてなのに。前から付き合っていたと勘違いされていた挙句、関係が気まずくなっていたことまでバレている。ボーダーとは何の関係もない、何ならうちのおじいちゃんと同じくらいの年のおじいさんに。

「お待たせしました」

悶々としていたのに、大好きなパンケーキが目の前に置かれたその瞬間、先ほどの気まずさはどこかに飛んで行った。おお!と感嘆の声を上げながらスマホを取り出し、カメラアプリを起動する。

「……おまえ、前も同じような写真撮ってなかったか?」

二宮さんもようやく調子を取り戻したらしい。一口飲んだコーヒーをテーブルに戻すと、呆れたように頬杖をついた。私はスマホを鞄に仕舞いながら、だって、と唇を尖らせる。

「ここのお店、毎月パンケーキの種類が変わるんですよ。今日はバナナとチョコレートソースたっぷりのパンケーキだけど、こないだはいちごとブルーベリーのパンケーキで、その前は栗がいっぱい…」

言いながら途中で口を噤む。やばい、これじゃあただの食いしん坊だ。私は急に恥ずかしくなって、いそいそとパンケーキを切り分けた。それから大きな口を開けて切り分けたそれをぱくりと頬張る。うん、相変わらず分厚くてふわふわで、何枚でも食べられそう。おいしい、しあわせ、なんてありきたりな感想を咀嚼したパンケーキと一緒に飲み込むと、不意に二宮さんがこちらに手を伸ばした。無意識に身体を強張らせた私をよそに、口の端を紙ナプキンで拭われる。

「えっ、つ、ついてました!?」
「そんなに上手そうに食べればな」

言外に一口が大きすぎると言われたようなものだ。折角美味しいものを食べているというのに羞恥心からすっかり味が分からなくなってしまった私は、先ほど一口で頬張ったときよりもさらに小さく切り分けたものを口に運ぶ。すると向かい側から、ふ、と息を零すような笑い声が聞こえてきて、私はパンケーキに落としたままになっていた視線を上げて二宮さんを見つめた。

「……いま笑いました?」
「……笑ってない」
「うそ、絶対笑ってましたよね!?何ですか、大口開けて食べたことを気にして小さく切り分けたのがそんなに可笑しかったですか?それとも子供みたいにソースを口に付けたまま気付かなかったから?」
「気のせいだろう。笑ってない」
「笑ってるでしょう二宮さんっ!口元隠したってバレバレですよ!」

憤慨しながら、もういい!と再び大きな口を開けてパンケーキを頬張る。そっぽを向いたままもぐもぐと口を動かしていると、咲菜、とくすぐったくなるほど優しい声で名前を呼ばれた。そ、そんな声で呼ばれたって、私は怒ってるんですから、ね…!

「俺が悪かった。ほら、これで機嫌を直せ」

二宮さんの方に視線を戻したのは、二宮さんらしからぬ優しい声に絆されたからではない。決して。ただ二宮さんが差し出したスプーンにのっていたティラミスが美味しそうで、実は一口貰えないかなと思っていたからであって。別に許したわけではないんだから。
……たぶん。

「…もー、」

口ではそんなことを言いながら、少しだけ身を乗り出して、ぱくりとスプーンに食らいつく。私が二宮さんの手ずから食べるとは思わなかったのだろう。それまで余裕そうだった二宮さんが目を見開いて固まったので、ちょっとだけしてやったり。なんて思った私は、すぐに自分の犯した奇行に気付いて、ゴン、と壁に側頭部を打ち付けた。
……店長さん、奥に引っ込んでて本当に良かった。

title/曖昧ドロシー


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