×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


それはまるで、狙ったようなタイミングだった。

「おい」
「……っ!」
「わ、ちょっとしずくちゃん!?」

真ちゃんはおしるこを買いに行ったためここにはいない。突然の宮地さんの登場に完全にビビッてしまったしずくちゃんは驚くほど強い力でオレの背中にしがみついた。

「…えっと、何か用があって1年の教室まで来たんスよね?」
「……ああ、お前の後ろにいるヤツに用があってな」
「ちょ、痛い痛い!しずくちゃん肉掴んでる…!」

何を考えているのか表情が読めない宮地さんが淡々とそう告げると、しずくちゃんは女の子なのかと疑いたくなるほどの力でオレの脇腹の肉を掴んだ。そりゃあ怖がりなしずくちゃんにとって自分よりずっと大きくて迫力のある男に怒鳴りつけられたらもうトラウマものなんだろうけど。でもオレ関係ないよね?こんなに痛い思いする必要はないよね?
痛い痛いと喚くオレとオレの背中に顔を埋めて宮地さんに顔さえ見せる気がないらしいしずくちゃんを見た宮地さんは、無表情のまま大きく溜め息をつく。それからぽつりと、自虐的に笑って呟いた。

「……そんなにオレが怖いか」

しずくちゃんは何も言わない。ガタガタとかわいそうなくらい震えるしずくちゃんは人に構う余裕はないらしく、宮地さんが早くこの場から去ってくれるのを祈っているようで。宮地さんはそんなしずくちゃんを見てもう一度大きく息を吐くと、オレの手に持っていた紙袋を押し付けた。それは宮地さんには不釣合いなほど小さくてかわいらしい紙袋だった。

「大丈夫だ、もう帰るから」

宮地さんがオレの背後に手を伸ばして、ぐすぐす鼻を鳴らすしずくちゃんの頭をくしゃりと撫でる。しずくちゃんは一瞬だけびくりと肩を揺らしたけれど特に嫌がる素振りは見せず、ただただ身を硬くしてされるがままになっていた。

「昨日は悪かったな」

悲しいほど優しい声で宮地さんが呟く。それからこちらに背を向けた宮地さんはオレが呼び止める声に立ち止まることなく、片手を振って教室から出て行った。
下心がたくさん詰まっているのであろう、紙袋を残して。


***


身内の贔屓目無しに見てもしずくはかわいい。だから高尾はもちろんオレの周りのヤツらがついついしずくを甘やかしてしまうのは仕方のないことだ。
オレもたしかに普段は甘やかしているが、今回のような場合は話が別なのである。

「それでお前は礼も言わずに泣いていたのか」
「まだ泣いてないもん…」
「高尾の後ろに隠れてぐずぐずしていただろう。大して変わらないのだよ」

宮地先輩はあまり自分の非を認めるような人間ではないと思っていたがそうではなかったらしい。昨日の詫びをしにやって来たという宮地先輩は高尾に随分と可愛らしい紙袋を押し付けて行ったようだが、高尾曰くその紙袋は駅前の超有名なスイーツ店のものなのだそうだ。宮地先輩が自分の時間を割いてまで大して用もない駅まで出向き、女性客が多い店に入ってしずくへの詫びの品を買ってきてくれたと言うのに。それなのにしずくは礼を言うどころか謝罪さえも受け入れていないらしい。

「オレはお前がそんなに失礼な妹だとは思わなかったのだよ」
「怖いならあの人と無理してしゃべらなくていいって言ったの真ちゃんだもん…。お礼言わなくちゃいけないなら私食べなくていいもん。だから真ちゃんからお礼言って?」
「うーわ、涙目上目遣いとかしずくちゃんあざとーい」

怖いって言ってんだからもういいじゃん、真ちゃんからお礼言ってあげなよ。
そんなことをほざく高尾の手から例の紙袋を取り上げ、綺麗にラッピングされたクッキーを取り出す。そのまま戯れ言をほざくしずくの口にクッキーを押し込んでやった。

「ひ…ひんひゃん……?」
「食べたな?」
「へ…?」
「お前は今宮地先輩からもらった菓子を食べた。食べたからには礼を言いに行かなければならないのだよ」
「や…やだ!真ちゃんやだ、お願い…」
「お前は人からもらった菓子を礼も言わずに食べるのか?高尾やクラスの女子からもらう菓子には礼を言うのに宮地先輩には礼も言わないのか?」

少し無理矢理な気もするがコイツはこのくらい言わないと本当に礼も言わないだろう。いくら妹がかわいいとは言え兄として容認できることではない。妹に嫌われようとここは心を鬼にすべきところなのだ。
そうしてオレは、オレも一緒に行くという条件でようやく礼を言う気になったらしいしずくを連れ、宮地先輩に会うべく3年生の教室へと足を進めたのだった。