先ほどのメイドの前田だ。
本当は安野も前田もみんな年上。
小さな頃はさん付けで呼ぼうとしていたのだけど、その安野に注意されたのだ。
「メイドは呼び捨てで、敬語やお礼なんてものも必要ありません」と。
小さな頃に何度も何度も注意されたから、そういうものかと今では納得している。
「紅茶、お持ちしました」
「うん。入れてくれる?」
「かしこまりました」
前田はティーポットを上手に掲げて、カップに注いでいる。
いい香りが漂ってくる。
「アールグレイ?」
「はい。坊ちゃんがお好きだとうかがいましたので」
「ああ、アールグレイが1番好き。……それ、なに?」
前田が運んできたティーワゴンに載った、花に目がいく。
無造作に摘まれたコスモスが、藁の紐で簡単に結ばれているだけの花束だ。
「あ、えっと、椎名さんが坊ちゃんへ渡してほしいと。でも、このような簡単な花束を坊ちゃんに渡していいものかどうか迷っていまして、一応持ってきたのですが、こちらで処分しましょうか?」
前田が申し訳なさそうに眉を下げる。
まぁ確かに贈り物にしては随分陳腐に見えるのだろう。
でも俺には何より素晴らしい贈り物だ。
あいつが丹精込めて作り上げたコスモスをわざわざ手折ってくれたのだ。
大切に飾ってやりたい。