家の中に入ると、メイドの1人が近寄ってきて、「おかえりなさいませ」と声を掛けてきた。
安野に指示を出されたのだろう。
玄関でじっと俺の帰りを待っていたようだ。
まだ若いメイドだ。
見た事はあるけど、名前は知らない。
何十人もいるから名前や顔などはいちいち覚えていられない。
でも父のように、メイドや執事は便利な道具なのだから、個人として認識する必要はないという考えだけは賛同できない。
メイドや執事だって、一個人だし、西園寺家に尽くしてくれる人たちだ。
感謝すべきだ。
……それも口にすることはないけれど。
「お部屋に何かお持ちしましょうか?」
「温かい紅茶持ってきて」
「かしこまりました」
頭を下げて、去っていこうとするメイドに、声を掛けて呼び止めた。
「お前、名前は?」
「あ、はいっ。前田洋子です!」
「そう。覚えた」
俺はそのまま部屋に向かう。
後ろでメイドがぽーっと顔を赤くして、立ち尽くしていることも知らずに。
そのまま、2階の部屋から見える庭を見る。
先ほど聞いたコスモスという種類の花が咲いているのが見えて、ホッと心が安らいだ。
さっきのあの男、それにしてもかっこよかった。
花のこと、もっと教えてもらいたかったな。
もっと、知らない花があるのに。
あの男の顔も見ていたいのに。
別にお世辞くらい聞き流してやればよかったか……。
兄たちみたいに、優雅に「ありがとう」くらい言えれば、あの男も笑ってくれただろうか。
あいつ、別れ際不安そうな顔をしていたな。
重い息を吐いていると、コンコンとノックがあった。