「見るなよ」
「すみません。とても綺麗で思わず」
耳を疑う。
俺の中で世界で1番綺麗な男ランキングをぶっちぎりで駆け抜ける男が、俺を綺麗だと言う。
そんなはずがないだろう。
自分の顔を鏡で見た事は有るのか。
……ああ。そうか。
いつものお世辞か。
それなら分かる。
メイドや執事、家庭教師も、俺の事を褒める。
けなしたり、怒られたことなどない。
父は優秀な家庭教師を揃えて、俺を一流の男にすると豪語しているけど、本当にこれでいいはずがない。
他者とコミュニケーションを取ったことがない。
接するのはみんな、俺に媚びる人たちばかりで、俺の機嫌を損ねないことだけが仕事の奴らだ。
そんな奴らの中で、一流の男になどなれるものか。
日々そう思いながらも、父にそれを説得するのは面倒で、言われるがままだ。
「俺、帰る」
「庭、もう見て行かれないんですか」
「もういい。今度はお前がいない時に見に来る」
「え。あの、なにか私、怒らせるような事をしましたでしょうか」
男の質問を無視して、家の玄関へと歩き出した。
肌寒くてそろそろ限界だったのもある。
何より、俺にお世辞を言う人間はこれ以上増やしたくない。
花を愛する男は、椎名の父のように、凛としていてほしい。
俺に媚びへつらってなどほしくないのだ。
この男がそうだったなど、思いたくなかった。
俺へというより、西園寺家に好かれるために嘘をつくなんて、そんなものはメイドと執事たちで十分だ。