「違うんです、千紘さま。私は帝さまの言葉に傷付いたわけじゃありません」
「え? そう、なの?」
「はい。もちろん千紘さまを寒い外でお茶していたことは反省しました。風をしのげるところに行くべきでしたね。すみません」
「いや、それは俺が庭がいいってわがまま言ったんだから」
俺は困惑した頭で椎名を見上げる。
椎名は困ったように眉を下げて、俺の小さな手を握って歩き出した。
いつものテラス席。
向かい合わせに座るそこで、今日はなぜか隣に座ってきた。
椎名との距離が近い。
近い距離で向かい合った。
「椎名?」
「私はやきもちを妬いたんです」
「え?」
「帝さまと千紘さまの仲睦まじい様子がうらやましくて。恐れ多くも帝さまに嫉妬しました」
椎名の端正な顔が見たこともない表情をする。
泣きそうな、悔いるような、そんな……。
「椎名」
そんな辛そうな顔なんて見たくなくて、思わず俺は椎名の頬に手を伸ばした。
ずっと寒い中にいたせいか、ひんやりした頬に触れる。
「私は、数日前、千紘さまに冷たく当たったことを死ぬほど後悔しました。優しいあなたを傷付けてしまい、すみませんでした」
椎名が俺に頭を下げる。
呆然と椎名のつむじを見つめた。
あまりの愛おしさに胸が締め付けられて、心臓が鷲掴みにされたように痛い。
思わず、胸元のコートの生地を手でつかむ。
「椎名。顔を上げて」
椎名がゆっくりと顔を上げる。
ともすれば冷たくも見える綺麗な顔が俺をじっと見ていた。
なにか許しでも求めるような、そんな頼りない瞳で。
「椎名。何も兄にやきもちなど妬く事はない。もちろん兄の事は好きだが、椎名への好きとは全然違う」
「……はい。ありがとうございます」
「俺は家族とは年に数度しか会えないけど、寂しいと思った事などない。でも、ここ何日か椎名に会えないのは辛かった。1日がとても長かった。寂しかった」
はっきり気持ちを伝えると、椎名は目を少し見開いた。
それから、照れるようにはにかんで、俺の髪を優しく撫でた。
前髪をはらって、露わになった額にキスをくれた。
「私も寂しかったです。千紘さまに会えない日は、綺麗な花たちも色を失くしたように見えました」
「ごめんな。風邪引いてしまってて」
「え? 風邪? 風邪だったのですか?」
よほど驚いたらしい。
椎名には誰も伝えてなかったのだな。
そう思ってから、屋敷の者以外には誰にも風邪の事を言うなと言ったのは自分だったことを思いだした。
屋敷の者以外っていうのは、要するに家族って事なんだけれど、どうやら椎名まで含まれていたらしい。
椎名には別に内緒にすることなどなかったのに。