こんなことは初めてのことだった。
考えてみれば俺は、親に叱られた事もなければ、誰かを傷付けたことも、傷つけられたこともない。
そんな人間関係の下で生きてきたから、こんな風な事は初めてなのだ。
どうしていいか分からない。
本当はこんなところで泣いていたって解決しないのは十分分かっているのに、もう1度庭に出る勇気は出なかった。
玄関の扉が重く感じる。
また椎名がこっちに振り向いてくれなかったら、俺は今度こそ椎名の目の前で泣いてしまう。
泣いて、椎名にみっともなく、嫌いにならないでって言ってしまいそうで。
そんな自分は嫌だった。
俺は安野に促されるように自分の部屋に戻った。
安野が温かい紅茶を入れてくれて、それを飲んでいると、睡魔が襲ってきて眠りについた。
2時間ほど昼寝をして起きたら、すごく身体がだるかった。
備え付けの呼び出しベルでメイドを呼びつける。
心配しているのか、安野がまたやってきた。
「坊ちゃん、おはようございます。よくお眠りでしたね。あら、少しお顔色が優れませんね。お具合は?」
「ちょっと身体がだるいんだ。風邪かもしれない」
「まぁまぁまぁ。それはいけません。お熱はかりましょう。それから、」
安野は慌てて、俺の看病の準備に走り回り、たくさんのメイドたちが入れ替わり部屋に入ってきた。
うとうととして目を閉じた。
近くには何度か顔の見たことのあるメイドが心配そうに腰かけていて、それを見ながら意識は薄れた。
そこから高熱を出した。
帝兄に報告したら、今度こそ庭に出るなと言われそうだから、安野たちには俺が風邪だという事は誰にも秘密にしてもらった。
庭に出られなくなると、椎名に会えなくなる。
例え椎名に嫌われたとしても、庭で会えなくなるのは嫌だった。
往生際が悪いかもしれないけど、椎名の近くに行きたい。
ベッドの中でうなされながら、そればかりを思った。