「椎名、ごめんね。昨日、兄がひどい事を言って」
「お兄さまのお怒りは当然です。私が悪かったんです」
「でも…、」
「千紘さま、もうお家にお戻りになったらどうですか?」
椎名の言葉はいつも通り丁寧で優しいはずなのに、なんでこんなにも冷たく聞こえるんだろう。
なんでこんなにも心が傷むんだろう。
なんで……。
――椎名は俺を見てくれないんだろう。
「椎名、ごめんな」
謝罪の言葉を発しても、椎名は無言だった。
ダメなんだ。怒らせてしまったんだ。もしかしたら、愛想を尽かされたのかもしれない。
兄の言葉がきっかけだけど、俺がちゃんと椎名を守ってやれなかったから、傷つけてしまった。
悲しかった。
悔しくてたまらなかった。
椎名に抱き着いていた腕をほどいて、走り出した。
玄関の中に入って、扉が閉まったと同時に、涙が堰を切ったように零れてきた。
次から次へと、涙が頬を伝う。
「うっ、うっ、うぅ〜〜〜」
俺の泣き声に気付いたのか、安野が廊下を走ってきて、俺の姿を見て、目を見開いた。
「坊ちゃん! どうされました? なにかありましたか!」
「うぅっ……うー」
「坊ちゃん。まぁ可哀想に。安野にお話してくださいな。どうされました」
安野が近寄ってきて、俺に目線を合わせるように膝を地面につけた。
俺はそんな安野に近づいて、首に両腕を回して抱き着いた。
安野は一瞬びっくりして、動きを止めていたけれど、そのうちゆっくりとなだめるように背中を撫でてくれた。
「坊ちゃん。どうされましたか」
「ふぇっ……、うっ…、大事な人を傷付けてしまったんだ」
「大事な人? 帝さまの事ですか?」
兄の事ではない。
でも安野は無言を肯定ととらえたらしい。
「謝ればいいですよ。ごめんなさいって言って、坊ちゃんのお気持ちを正直に伝えればいいのです。きっと許して下さいますよ」
「本当? 嫌われないかな」
「坊ちゃんの事をお嫌いになる人なんていませんよ」
「そうかな。本当かな」
俺はぐずぐずと駄々をこねるように、安野に甘えた。