椎名。
今、どんな顔してる?
兄にいじめられたから辛かったのか?
聞きたい事はたくさんあったし、今すぐ謝りたかったけど、これ以上兄の機嫌を損ねるわけにはいかない。
兄の機嫌を損ねたら、また椎名がいじめられるから。
とりあえず今日だけの我慢だ。
兄が帰ってきて嬉しいのもあるし。
兄は父に似ていて、少し独裁的で横暴なところはあるけど、俺には甘い。
そんな兄に、屋敷内の従者たちはいつもよりかなりピリッとして仕事をしていて、なんだか笑える。
「千紘。庭で遊ぶのはやめなさい。身体でも壊したらどうする」
「風邪なんかひかないよ」
「家の中でも十分遊べるだろう。何が不満なんだ」
兄が俺を抱っこしながら聞いてくる。
家にいても、何も不満なんかじゃない。
そうじゃない。
椎名がいないとダメなんだ。
「そう膨れるなよ。お前を怒らせたいわけじゃない。とりあえず服を買ってきたからそれを千紘に着てほしいんだ」
「うん。ありがとう。どんな服?」
「カシミアのセーターと、お前の好きなブランドのダッフルコートだろ。それから、お揃いになるマフラーと手袋に……」
延々に続きそうな服の名前に思わず笑う。
兄はそんな俺を見て、嬉しそうに頭を撫でてくれた。
それからしばらく次男である兄に、服をお披露目するのがひたすら続いた。
そのあと一緒に夕食を食べて、兄が一緒にお風呂に入ろうと言いだした。
「え。お風呂に?」
「そうだ。いいだろ。たまには」
「もう俺、10歳だよ。1人で入ってるよ」
「大人の世界ではたまには一緒に入って、上の人の背中を流してあげるのが礼儀なんだよ」
「……そうなんだ。じゃあ、お兄さまの背中流してあげる」
「お、いい子だな。千紘は」
兄の事は好きだ。
たまにしか帰って来ない分、俺の事をとても可愛がってくれる。
椎名への好きとはまるで違うけど、兄といるとホッとするような気持ちになる。
メイドや執事といる時とは少し違うのだ。