「千紘さま、申し訳ありませんでした。ご気分を悪くされましたか」
「お前が」
「はい」
「お前が、花の名前を教えていいのは俺だけだ」
はっきり目を見つめて言う。
椎名は綺麗な顔を緩めて、噛みしめるように「はい」と口にした。
なぜ嬉しそうにするのか。
俺は怒っているというのに。
「お前は、……女が好きか?」
「私には千紘さまがいます」
「そうだが、俺を知る前は女性の方が好きだったのか?」
椎名は迷うように視線を泳がせた後、もう1度俺に視線を戻した。
俺は椎名の手をぎゅっと握る。
「そう、ですね。男性を好きになったのは千紘さまが初めてです」
「そうか。宮村のこと、いいと、……思ったのか?」
言葉に迷う。
返ってくる言葉が怖くて、椎名に握られている両手を握る力を緩めた。
けれど、それを上回る力で椎名にぎゅっと抱きしめられた。
唐突な抱擁に目を見開く。
「思いません。私はもう、千紘さましか見えていませんから。宮村さまの事も、千紘さまの家庭教師でなければあのように接してはおりません」
「……」
「本当です。私には千紘さまだけですから」
「そうか。悪かったな、お前の気持ちを疑って」
「いえ、私が誤解されるような事をしたのがいけないのです」
「……いや。ただ、お前がやはり女の方がいいと思っても、もう離してやれそうにない。俺には椎名が必要なんだ、お前のいない暮らしはもう考えもつかない」
言いたい言葉を紡ぐ。
椎名は俺をさらにぎゅっと抱きしめてくれた。
拒否されない安堵で、彼の背中を抱きしめ返した。
温かい温度にホッと息が吐ける。
これは俺のものだ。
女なんかにやるものか。