「坊ちゃん、どこかにお出かけで?」
メイド長の安野が目ざとく俺の姿を見つけて、声を掛けてくる。
安野は50を過ぎた中年の女性で、たくさんいるメイドを率いるボスのような存在だ。
代々、西園寺家に仕えている一家で、父の若い頃から安野自身働いているそうだ。
「庭に出るだけだ」
「お庭に。羽織を持って参りましょうか。少し冷えますので」
「いい。すぐ戻る」
「かしこまりました」
安野は10歳の俺にも丁寧に頭を下げる。
そんな安野を置いて、外に出ると、確かにほんの少し肌寒い。
10月。
秋の香りを感じて、くんくんと鼻を鳴らした。
手には小さな植物図鑑を持って、1つの花の前で立ち止まった。
形はブルーサルビアに似ている。
真っ赤なそれ。
名前はなんというのだろう。
いつも季節が変わると、こうして1つ1つの名前を調べることにしている。
綺麗だなと思っていると、そのうち花の名前を知りたいと思うようになってしまったのだ。
この春から始まったそれは今のところ誰にもバレていない。
パラパラと植物図鑑をめくっていたけれど、全然分からない。
赤くて、少し背の高い……。
「……うーん」
「それはサルビアですよ」
いきなり声を掛けられて、肩がびくりと揺れた。
見知らぬ男の声。
びっくりして、しゃがみこんだまま見上げる。
背の高い男。
うちの家にはメイドたちはたくさんいるが、執事の男性は少なく、いたとしても40代以上しかいない。
家族以外でほとんど初めて見る若い男だった。