「あ」
椎名だ。
先ほどの庭師の格好とは違う。
おしゃれなテーラードジャケットを着て、細身のジーンズを履いている。
私服。
だということは、今から帰るところか。
向こうも俺に気付いたらしい。
心なしか目を見開いているように思う。
「……坊ちゃん、こんなところでどうされたんですか?」
「あ、その、……」
「はい」
「あの、花、ありがとう」
俺がそう言うと、椎名がピクリと肩を揺らした。
驚いたようにまじまじと見つめられて、照れくさくなって顔を俯ける。
久しぶりに言った「ありがとう」は思いのほか、恥ずかしかった。
「あの、それで、これ。お返し。しおりにしてくれたら。俺も同じの持ってて、読書の時に使ってる。えと、俺の1番好きな花なんだ、バラ」
そう言って、ぶっきらぼうに手を前に突き出した。
彼は無言で俺からしおりを受け取った。
薔薇の花びらをちぎって押し花にしたものだ。
本に載っていたから、庭のバラを一本拝借して、見よう見まねで作った。
それをラミネートの機械に入れて作った、手作りの不恰好なしおりだ。
受け取って、しおりをじっと見ている男の顔を見る。
花を好きなこの男なら手作りのものでも嫌がらずに受け取ってもらえるかと思ったけれど、やっぱりまずかっただろうか。
俺と違って大人だ。
もっと時計とか、そういう高価な方が良かったか。