「ここ、人多いよね」
「ちょうど、帰宅ラッシュの時間だからかな」
「ああそっか」
他愛ない話しをしながら、伊澤はおれの手を握ったり、指をなぞったりする。こんなところで、まるで恋人同士みたいに見つめあって、手を取り合っていたら何事かと思われそうだ。しかも、おれたちは男同士だっていうのに。
「……」
「……、伊澤…?」
道行く人の視線を気にしつつ、伊澤の様子をうかがう。

「……宮田にさ、」
おれの右手を掴んだまま、伊澤がぽつりとつぶやいた。
「え?」
「宮田に、好きだって言われたときは…….正直ありえないよなとか思ってたんだ。ごめんね……でも、いまはわかるよ。ていうかたぶん、いまは宮田より、おれのほうがもっと宮田のこと好きだから」
「……」

こんなところで、とか、何でいま、とかそういうことを考える余裕もなかった。伊澤の顔を見上げたら、やっぱり、何を考えているのか読み取れない表情をしていた。いつもそうだ。伊澤はいつも、おれが予想できないようなことばかり言うし、する。
初めて「好きだ」って、伊澤の口から聞くのがこんな場所でだなんて、思ってもいなかった。

「……っ、…」

驚いた。
だけど、嬉しい。
嬉しくて、たまらない。
ずっと、想い続けていた相手に好きだと言ってもらえることの幸せを、いま初めて知った。
「宮田?」
伊澤の前で泣きそうになるのは、ずいぶん久々のことだった。泣き顔をみられたくなくて、慌てて下を向く。伊澤が心配そうな声でおれを呼んだ。
「……宮田、泣いてるの?」
「な、泣いてない…」
「ほんとに?」
背の高い伊澤がおれを覗き込んでくる。涙の浮かんだ目を隠すのに必死だった。
「もう泣かせたくなかったんだけどな……」
「…っ」
そっと、指先で頬に触れられる。
嬉しいって、好きになってくれてありがとうって、言えばいいのに言えなかった。
おれのなかが、伊澤でいっぱいになって、心に「好き」しかなくて伝えたいのに、それを言葉にすることができない。代わりに出てくるのはやっぱり情けない嗚咽ばかりで、また伊澤が困ったようにおれを見つめる。
「宮田には、いっぱい笑ってほしいんだ」と、このあいだ伊澤に言われたばかりなのに。

「ごめんね…」
「…っ、」
違う。もう平気なんだよ。
おれは、伊澤が思うよりもずっと丈夫なやつなんだ。身体だって、もう何ともない。
そんなに謝ってばかりしないでほしい。おれだって、伊澤に笑ってもらいたいんだ。伊澤は笑っているときが一番かっこいいから。

「いざわ……」
伊澤の大きな手を握り返す。
伊澤と目が合った。
きらきらしてる。
だけど、どこか不安げな表情でおれを見てる。

「やっぱり、今日は……帰るのやめようかな…もうすこし、伊澤と一緒にいたい。どこか連れてってくれる?」

涙を拭いて、微笑んでみる。
伊澤と一緒ならどこでもいいんだけど、と最後に言ってみたら、はずかしくて小声になってしまった。
伊澤は一瞬驚いたような顔をしたあと、おれにつられて笑った。
「うん、いいよ」と微笑むその顔は、いままで見たなかで一番まぶしい笑顔だった。




 

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