「……あ?」
「田崎っ、……いっつも、怒ってる…っ…ぜん、っぜん笑ってくんない…っう、うぅ…」
「……」
さすがに悪いことをしたと反省していた。確かに、こいつといるのは面倒で、いつも適当にしか受け答えしなかったし、隣にいても笑うことなんて、ほとんどなかった。
きっと、こいつはおれが相澤と一緒にいるところを見たのだろう。相澤といるときはつい、顔が緩んでしまっていた。それを見て、意外と勘の鋭いこいつは気がついてしまったんだ。おれの気持ちに。自分の気持ちにも。
こいつを相澤の身代わりにしてやろうなんて、ひどいことを考えていた。あわよくば、欲求のはけ口にでもすればいいなんて、一瞬でも考えた。
こいつは、おれが笑ってくれないと言って、いま泣いている。この前も屋上で、嫌いにならないで、と言って抱きついてきた。
「おれの、っ、おれのほうが、知ってるのに……っ、田崎のこと、いっぱい…知ってるのにっ!」
なんであいつなんだ、と嗚咽交じりに言った。そして、おれにも笑って、と聞こえたあと、気がついたら泣きじゃくる倉科を抱きしめていた。
「ううぅっ、う…っ」
「……倉科」
「うっう、ひっ、うっ、たさき、」
好きだよう、とまた告白された。
田崎、田崎と何度も呼ばれながら。
いつの間にこんなに好かれていたんだろう。おれはこいつに好かれるようなことをした記憶がない。
だけど、もう、どうでもいいと突っぱねたりもできなかった。1ミリもなかった関心は、徐々に恋心に変わりつつある。こんなに好きだと泣かれて、どう嫌いになったらいいんだろう。嫌いになれるわけがない。かわいい。倉科がかわいくて、しかたない。抱きしめてみたら、思ったより抱き心地がよくて、しばらくそのままでいた。



「ごめんな」
「……」
いままでのことを謝ったら、倉科が黙って首を横に振った。もう泣き止んではいたが、まだ目の周りが充血していた。
家に連れてきたのは、これが初めてだった。一緒に帰り、一緒の電車に乗った。いつもうるさい倉科は、家につくまでのあいだ、一言も口を開かなかった。ただずっと、はずかしそうに顔を赤らめて、おれの後ろを歩いていた。

「ずいぶんおとなしいんだな」
「……」
「緊張してる?」
さっきから鞄を抱えて縮こまっていた。少し肩に触れたら、また大袈裟なぐらいに身体を反応させた。
べつにそんなすぐに手を出すつもりはなかった。確かに溜まってはいる。毎日片思いするやつを隣りにして、欲望は膨らむ一方だった。だけど、倉科にそんな強引な欲求をぶつけようなんて、いまは思っていない。
「田崎……」
「ん?」
抱きしめようとしたら、名前を呼ばれた。
「おれのこと、すき…?」
「……」
倉科が、赤い顔をしておれを見ている。かわいすぎて、いますぐ押し倒してやりたくなったが我慢した。
そうだった。まだちゃんと返事をしていなかった。
「ああ」
「あいつと、どっちがすき?」
「……」
また、返答に困ることを聞いてくる。ここで、相澤かな、なんて空気の読めないことは言わない。だけど、おまえに決まってるだろ、と言うのも何か、わざとらしい気がする。確かに好きにはなっている。倉科のことは放ってはおけない。
「田崎?」
答えられないでいると、倉科は不安げな声でおれを呼んだ。
ちくしょう。何で、おれの周りには、こんなかわいい男が二人もいるんだ。一人でも戸惑っていたというのに。しかもどちらか一人に絞らなければならない。まさに究極の選択だ。
相澤。あいつには、北谷という最強の恋人がいる。相澤はすごくかわいい。恋人がいても、おれを心配したりする。一緒にいるとやっぱり癒される。
じゃあ倉科はどうだ。こいつには、恋人はいない。女が好きなはずなのに、なぜか男のおれに夢中のようだ。嫌いにならないでと泣きつかれた。その様子をみて、おれは完全にほだされた。本当は眼中になかったのに。もしおれが振ったとしたら、こいつはどうなるだろう。慰めてくれるようなやつは他にいるだろうか。人懐っこいように見えて、こいつも大概交友関係は狭い。正直、おれ以外のやつと一緒にいるところを見たことがない。ということは、おれがこいつを遠ざけたら、こいつは自然とひとりになる。ひとりになったこいつを想像する。また、泣くかもしれない。じゃあやっぱり、おれがそばにいてやらないとだめなのか。おれも、こいつがもしあのとき声をかけてこなかったら、いまごろ本気で孤立していた。おれたちは、お互いに、お互いしかいないんだ。こいつに必要なのは、おれで、おれに必要なのは……本当は相澤ではなくて、こいつなのかもしれない。

「おまえしかいないよ。おれには、おまえだけだ」
好きだ、倉科。
そう言って、強く抱きしめた。
口にしてみると本当にこいつが、倉科が愛しくてたまらなくなった。
腕のなかの倉科が、うわあっとまた泣き出した。今度はうっとうしいなんて思わなかった。ただ、かわいくてもっと強く抱きしめてやった。
こんなにかわいくて、愛しいやつがずっとそばにいたのに、おれは何で気がつかなかったんだろう。
もうゲイだろうが、何だろうが構わない。相澤は好きだけど、悔しいけど、北谷には敵わない。もう譲ることにする。もらってもいないけど。だって、おれにはもっと、かわいくて最強の恋人ができたから。
「田崎っ」
愛しいこいつを、手放したりなんかしない。あいつらより、ラブラブになって、見返してやるんだ。
北谷、相澤よ。今に見てろよ!

end...?

 

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