瀬戸くんのおもい。



あいつは、あの変態よりも変わり者なのかもしれない。


容赦なく殴ったり蹴ったり、おれを他人に襲わせてみたり、よくわからない器具をぶち込もうとしたり。
そのくせ、おれがみっともなく泣いたら、慌てて宥めようとする。まるで泣き虫の子どもをあやすみたいに。
なにがしたいのか、さっぱり意味不明だ。



手錠が取れて、首輪もなくなった。
リードで繋がれて動けなくされることも、もうない。
この部屋に来て、おれはようやく自由になった。



「おやすみ、瀬戸」
「……」

布団を肩まで被せて、あいつは部屋から出ていった。他人の寝床の上に、おれひとり。
「瀬戸はペットなんだから、ここで寝たらいいよね」と、偉そうにおれを見下しながら言った日が懐かしく思えてくる。
最近毎日のように、ベッドで寝かしつけられている。それに黙って従うおれもおかしい。けど、固くて冷たい床の上で眠ることを考えると、断然ましだった。

ふかふかの布団からはあいつのにおい。
腹立たしいし、気持ち悪い。
なのに、なんであいつが横にいないんだとか、思っている自分。

「……はあ…」

小さく零したため息は、潜り込んだ布団のなかへと消えていく。
心と頭のなかがぐちゃぐちゃになって、その夜はいつまでも眠れなかった。



監禁されてからほぼ毎日手を出されていたのに、ここ一週間以上、何もされないで済んでいる。
あいつは起きているあいだ、おれの隣に座って、テレビを見ながらだらだらと過ごす。「瀬戸はどんなテレビが好き?」とか「晩飯なにがいい?」とか。どうでもいいことばかり聞いてくる。
返事をすることはほとんどなかった。それでもあいつは怒らないし、殴ってもこない。じっと、存在感を消していると、ときおり頭を撫でられたりした。

あいつの行動の意味を考える。
ちぐはぐで理解しがたいことだらけだ。
あいつのことはもちろん、自分の気持ちすら見失っている。
おれはどうしてこんなところで留まってるんだろう。


「買い物に行こう」と半ば強引に誘われて、久しぶりに外に出た。
日差しがやけに眩しく感じて目がちゃんと開けられない。隣を歩くのは、憎き変態2号。にやにやしてて、気持ち悪い。
気弱そうな面して、おれより背が高いところもいらいらする。地面ばかりみて、歩いた。

「瀬戸の好きなもの買っていいよ」

少し広めのスーパーに着くなり、あいつが言った。買い物かごを持っておれより前を歩いていく。


「……」
(いまなら、逃げられる)


広い店内に立ち尽くす。
いま、おれを拘束する道具はない。
後ろにある自動ドアをくぐれば、あとは全力で走るだけだ。
金もなにもないけど、きっとどうにかなる。そうすれば、こんな気持ち悪いやつとは一生おさらばできる。


早く逃げろ、走れ、ともう一人の自分が叫ぶ。
振り返れば自由になれるのに、おれの足はぴくりとも動いてくれない。

「っ、」

なんで。どうして。
待ち望んだ瞬間じゃねえか。
そうだ、おれはずっとあそこから逃げたいと思ってた。変態の言いなりなんて、もうごめんだ。


(なのに、何で、なんでおれ……)


「……、?」

おれがついてきていないことに気がついた奴が、振り返る。
「瀬戸?」と呼ぶ声がして、無性に泣きたくなった。


逃げる機会を失ったからじゃない。
いま逃げたら、ひとりになること。
また元の生活に戻ること。
ひとりきりで、なにもない部屋で、毎日過ごすこと。

いま、目の前にいる奴のせいで、一番知りたくなかったことに気がついてしまった。


(もう、さみしいのは嫌だ)


「今日は瀬戸の好きなもの作ってあげるよ、何にする?」


その晩、一緒にカレーを食べた。
おれはたぶんもう二度と、ここから逃げようと思わないだろう。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -