ちょっと休息。



寝返りを打つと、何かにぶつかって、目が覚めた。
おれの真横に瀬戸がいる。
しかも、こっちに顔を向けて、すうすうと寝息を立てながら眠ってる。

おれは朝が極端に弱くて、いつも昼を過ぎないと起きられない。だから、ほぼ毎日瀬戸が先に起床した。けど今日だけは、いまだに熟睡している。珍しい光景だ。

「……」

寝顔だけを見ると、とても無防備だなあと思う。起きてるときは警戒心のかたまりみたいなやつなのに。
叩き起こせばすぐにでも、この目が開くんだろうけど、おれのなかの小さな良心が「今日はやめとけ」と訴えた。
心の声に素直に従って、なにもせずにベッドから出る。極力、物音を立てずに、そっと。瀬戸はすこしだけ身じろいだだけで、起きはしなかった。ずれた布団を掛け直してやる。


溜まった洗濯物を回し、散らかった部屋を適当に掃除した。
腹が減って、冷蔵庫を開けて思い出した。昨日買ったビール、飲むの忘れてた。まあいい。相変わらず冷蔵庫には大した食料がない。何日か前に買った卵は賞味期限が迫ってる。たしか、レトルトの米があったような気がして引っ張り出す。ちょうど二人前あった。味付けもなにもかも、適当この上ないが、とりあえず炒飯の完成。
コンロの火をつけるの、めちゃくちゃ久しぶりだった。


「……あ」

ちょうど、リビングのテーブルに、お手製炒飯の乗った皿を二つ並べたときだった。奥の部屋から、瀬戸が起きてきた。

「おはよう」
「……」

おれの顔と、テーブルを交互に見てから、こっちにやってきた。返事がないのはいつものこと。黙ったまま、おれと向かい合わせになるように座る。

「いま、『おまえ料理できるのか』とか思ってたでしょ」
「……、べつに」
「はは」

一言二言話しながら、遅い昼食をふたりで食べる。食べ終わったあとは暇なので、つけたテレビをぼうっと眺めた。おれからすこし離れた場所にいる瀬戸。まだなんとなく、顔色が悪いような気がした。

「……瀬戸、身体つらい?」
「……」
「まだ寝てていいよ」
「……いい」
「起きてて平気なの?」
「……、」


視線を向けることなく静かに頷いた。
ここに連れてきた当初は、何を聞いても話しても返事はおろか、無反応を貫いていたのに。すこしずつ、瀬戸が従順になりはじめているように思えて、浮かれるおれ。いまどんな顔をしてるのか、間近で見たくなって、距離をつめてみる。
立ち上がったおれに気付いて、瀬戸が顔を上げる。また、なにかされると思ったのだろうか。自分の身を守るように身体を縮こまらせた。
隙間なく、くっついて隣に座る。瀬戸に緊張が走るのがよくわかる。警戒しているわりには、刃向かってこない。いままでの瀬戸ならきっと、おれが近付けば「どっか行け!」と、偉そうに言って睨みつけただろうに。いまはただ、下ばかりみて、落ち着きなく視線を泳がせている。

(ああもう、……かわいい)

かわいいなあと思う。心底。
愛情が雪崩を起こしそうなくらい。

「……瀬戸、」
「…っ」

ほんのわずかに手を伸ばすだけで、瀬戸の口元に触れることができた。
おれの指先が触れた瞬間、肩を揺らして反応する。瀬戸が震えている。

「……これ、痛そうだから、絆創膏貼ろうか」

昨夜の、瀬戸の頑張りの証がそこにあった。べつに昨日だけに限ったことじゃない。毎日のように手を上げているから、傷の治りは当然遅かった。気にも留めずに、殴っていたけど、近くで見ると結構痛々しいものだ。それに、真横でこんな顔されると、ちょっとやさしくしてやろうとか思ってしまう。おれの心はいろいろと複雑だ。

タンスのなかから、絆創膏を取り出して、切れた口元に貼り付けてあげた。相変わらず、おとなしくてかわいい瀬戸。
もう、瀬戸を縛るものはなにもないのに、ここから逃げようともしない。おれに匿われてじっと固まっているしかない。確実に、瀬戸のなかで、おれが欠かせない存在になりつつある。たとえ、それが恐怖によるものだとわかっていても、瀬戸が自分だけを見てくれるようになるなら、なんでもよかった。


おれだけが瀬戸を支配している。

いま、この瞬間だけはたしかに、生きていることへの喜びを実感できた。


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