ぽんぽんっと大きな手が俺の頭に触れた。それは初めてではない感覚。毎回、毎回、そうなのだ。だからずるいなあと思うのだって、いつものことだった。
 
「……今日も何も聞かんへんの」
「ん、聞いて欲しけりゃいつでも聞いてやる。でも言いたくないなら無理には言わせんで」
 
そう言って彼は俺が差し出した鍵を鞄に適当に突っ込み、コートを羽織った。もう時間も時間だ。職員室には俺と彼との二人しか居ない。とっくに暗くなった外を見れば、彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。テニス部は全国レベルの部だからと言うこともあり下校時刻を過ぎての練習も多少は大目に見てもらえている。しかしそれは顧問と言う大人の存在があってこそ。だから俺が俺のわがままで練習を続ければ、それはそのまま顧問である彼の負担となるのだ。普段はもう少しちゃんと常識的な範囲でと、意識はしているのだけれど。たまに、俺は、帰れなくなるのだ。その度に付き合わせてしまって罪悪感。
 
家に帰れない理由があるわけではない。学校に帰らない理由があるわけでもない。でもなんとなく、どうしても。自分の未熟さにもっともっとって。求めたら終わりが見えなくなるのだ。そうやって、今。そんな俺の頭をまた彼は優しく撫でるから、ため息が漏れた。
 
「……俺が女だったらオサムちゃんを彼氏にしてやってもええかもなあ」
 
唐突に、隣を歩く彼を向いて言う。そうすれば彼はただ優しく微笑むから、こういうところもずるいなあ、なんて。思いながら視線をそらした。「まあ、酒たばこギャンブルはもれなくやめさせたるけどな」と答えも待たずに付け足せば、彼は今度はいつもの調子で声を上げて笑うから。それにどこか安堵のようなものを覚える自分と、それとは違う裏腹な感情を抱く自分に、ちょっとだけ戸惑う。
 
「白石が恋人は、めんどくさそうやなあ。でも美人だし、ええ子やし、よし恋人にしたろ」
「オサムちゃんの分際でよう言うわ。俺が女やったら周りが放っておかへんで?」
「せやな、自慢の恋人やな。でもそんなんオサムちゃん、嫉妬しちゃうわ」
 
職員室から門までなんて当たり前だが大した距離は存在しない。だからこの話も、ここまででお終いだった。中途半端に、なんて終わりがどこかも分からないけれど。お互いになんとなく笑って、笑って誤魔化す。そして切り替えるように、今日はご迷惑をおかけいたしました有難うございました。なんて標準語で口にして、大袈裟に頭を下げた。そうすればまた、優しく。若い内は何も気にしないで大人に甘えてれば良いんやで。なんて。そうやって触れた手は、すぐに離れてそのまま宙で軽く振られる。それで、さよなら。
 
 
 
「……両思いやん」
 
なんて、小さくなっていく彼の背中を見つめながら思わず漏れた言葉に、俺は頭を抱えて座り込んだ。そんな、自惚れって、妄想って。ほんまきしょいわ、って。自分で自分に罵声を浴びせる。そんなことないって分かってる。でもそんなことあれって思ってる。だから、どうしようもなくなるのだ。ごめんなさい、って。今日もまた、形にならない言葉は積もる。一つ、二つ。
 
 
 
 
 
 
 
数え
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
テニスのことだけでもいっぱいいっぱいなのに、オサムちゃんのことでもっといっぱいいっぱいになってる白石くん。
 
120307




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