繋げる距離にいるのに繋がないのは、繋げないからでは無かった。十分、だったのだ。ぬるま湯みたいな彼の温度は薄っぺらい僕をふやかすのに十分。きっと繋いだ先から、浸食される。今も、彼に蝕まれる自身を感じていたのだ。
「骸、そんなとこ歩いてないでこっち来たら」
そう言って、彼は足を止めて自分の横を指差した。なんでもないみたいに、それが普通みたいに。そうするから、一瞬迷う。
「……なんで僕が君なんかの隣に行くんですか」
「なんでって、その、二人しか居ないのにこの距離は不自然じゃないか」
彼は口に出すのを躊躇いながらも、しっかりとそう紡ぐ。だから思わず僕の口からはため息が漏れた。だって不自然、って。僕が彼の隣に居ることが自然だとでも言うのだろうか。なんて錯覚する。自惚れる。どうしようもない感情を抱く、から。彼にも伝わるように。彼に伝われって。思って、結局、沈黙。距離を詰めない僕にちょっとだけ呆れたみたいな表情を浮かべ歩みを再開した彼を、また追った。
月が綺麗ですね、とか。
そう形にしそうになって、慌てて口をつぐむ。はあ、って。漏れるため息は今度は自分自身にだった。そんな言葉、僕らしく無い、とかではなくて。伝わるはずもないのに伝えるものもないのに、どうして口にしようとしたのかって。しかしそれもこれも原因は、全て彼だった。どんどん、どんどん。もう浸食は始まっているのだ。
「月が綺麗だね。」
なんて、言葉。一瞬自分の耳を疑ったが、それは聞き間違いなんかではなくて、正真正銘の間違いなのだ。きっと僕はもうどうしようもなく彼に浸食、されている。そんな自分を感じてしまう。ああ、ああ。繋いだ手からふやけてとけてまざりあって、一つになれたのなら良かったのに。そう願って伸びる手は、どうすることも出来なく空を握る。
浸進
好きすぎて一人で悩んで勝手にどうしようもなくなってる骸。
120223