吸血鬼千歳×人間白石







「千歳って、吸血鬼なんやろ?」
 
そう言ってにっこりと笑顔を作れば、ぴしりと分かり易く空気が固まった。彼は一応弁解しようとするが、それはすぐに諦めに、ため息へと変わる。こんなんでよく今までばれへんかったな。なんてことを思うが、きっとそれは相手が俺だからなのだろう。なんて考える。だって俺は伊達に彼を見てきた訳ではないから。そんな、自惚れ。
 
「いつから気付いてたっと?」
「前回同じような状況になったときには、ほぼ確信やな」
 
保健室のベッドに寝ていた彼は、上半身だけを起こして俺に問う。前回も今回も、彼がここにいるのは仮病でも何でも無くて、純粋に体調不良が原因だった。いや、彼が吸血鬼であると明言してしまった以上、それには語弊があるだろう。血液不足である。多分。確信は持てないが、その見解が間違っているとも思わなかった。吸血鬼には、他に当てがあるのだ。現代では純粋に吸血鬼のみの血を持った種は殆ど居ないらしいから、恐らく千歳も吸血鬼とは言っても何分の一かにその血が流れている程度なのだろう。しかしそれが僅かであろうとも流れているという事実に変わりは無い。定期的に血を得なければ生きていけない。彼は、吸血鬼は、そんな生き物なのである。
 
顔色が悪い。そう思って頬に触れれば、ごくりと彼ののどが鳴るのが分かる。それには彼自身も気付いたのか、触れた手は乱暴に振り払われた。そんなことしたらいけん。耐えらんなくなる。そうやって、切羽詰まった様子で絞り出す。だから、ああ、相当やばいんやなって。吸血鬼についてはそれほど深い知識が無い俺にも、それは分かった。分かったから、続ける。
 
「俺の血じゃあかんの?」
 
一瞬、静寂。そうしてすぐに、彼は間抜けな声を出した。言いたいことはあるのに、なんと言葉にしたら良いか分からない、みたいな。そんな顔をしているが、言いたいことは分かっていた。どうしてとか、なんでとか、そんな疑問を俺にぶつけたいに違いなかった。だから、先回りをするように俺は言葉を続ける。
 
「俺なら知っとるから、迷惑にならん。それにその辺の華奢な女の子よりは千歳も安心して血を飲めるやろ」
 
彼が不特定多数の異性と、所謂そう言った関係を持っていたことは知っていた。いや、それに関しては俺だけが知っていたわけではないし、所詮噂話だから真偽のほどは分からない。しかし、彼が吸血鬼だと言うことを疑い始めてからはそれは確信に変わったのだ。そして目的は行為ではなく、それより先にあると言うことも。だから、提案。全部、やめて。俺にしようって。そこに至るのだ。
 
「…そんなん納得出来んばい」
「なんでや、ええ話やん」
「無条件でそこまでしてもらえる理由がなか」
 
本当はもう限界のくせに。彼はぎゅっとシーツを握り締めながら、言う。ろくに知りもしない女たちとは簡単に行為にまで及ぶくせに、俺には出来ないのか。それは彼にとっての俺がその程度の存在だからなのか、それとも別に理由が存在するからなのか。分からない俺も、いい加減限界だった。
 
彼の座るベッドへと足をかければ、二人分の体重にぎしりと鈍くスプリング音。彼は訳が分からないとでも言うように俺を見るから、俺はまた笑みを作る。部長やから部員の面倒も看んといけんのや。なんて嘘にも程がある。そんな言葉が見破れないほどに彼は鈍くはない。けれどもそんな言葉に縋ってしまうほどには追い詰められていたのだ。彼の首へと腕を回し、近付く。距離を縮める。露わな首を彼の口元へと差し出せば、堕ちるのにそう時間はかからなかった。
 
「……ごめん」
 
耳元で聞こえる声に、俺はそっと目を閉じる。違うのに。謝るのは本当は俺の方なのに。それは口にはしないけれど、心の中では何度も繰り返した。本能に抗えないのを知って、本能を利用する。我ながら卑怯な選択だとは思った。思ったけれど、俺は俺の感情に、欲望に、抗うことが出来なかったのだ。繰り返し、繰り返し、思うは彼のこと。願うは彼のこと。
 
 
俺なしじゃ、生きれなくなって、って。
 
 
 
 
 
 
 
繋ぐのはその
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
好きだから大切にしたくて距離を置いていたのに、好きだから全てを差し出してでも繋ぎ止めたい。そんな噛み合わない二人。
 
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