「芥川さん」
 
本日何度目かも分からない名前に、小さく溜め息が漏れた。ああ、全く、この人は。何度繰り返したって、返ってくるのはすやすやと気持ち良さそうな寝息だけだった。こっちはもういい加減そんなにも穏やかな気持ちではいられないって言うのに。全く面倒なものを押し付けられたな、なんて思う。いつもなら何だかんだで部長が最後まで面倒を看てあげてたり、幼なじみの先輩たちが引きずってでも連れて帰るのに。なんだかもう、ことごとく。
 
「起きないんなら置いていきますよ」
 
そんな脅し文句を言ってみたって、効果が無いことぐらいは分かっていた。でも、一応口にするだけはしてみる。しかしいくら待ったって、やはり何の反応も返ってはこないから、溜め息。まあ言うほどに待ってなどはいないのだけれども。
 
「あくたが」
「日吉つーかまーえたっ」
 
手を伸ばして揺すれば、不意にその手を掴まれて引き寄せられる。まるで抱き枕にでもするみたいに、彼は伸ばした腕の中に俺を閉じ込めた。だから、また、今度は露骨に溜め息を吐く。「寝ぼけてるんですか」そんな俺の言葉に「うん」なんて満面の笑みで返すから、どうしようもなくなってしまうのは、結局俺の方なのだけれど。
 
「そろそろ帰りたいんですけど」
「うん」
「早く部室出ないと」
「うん」
「…………」
 
どうしたものかと思いながらも、そのまま、言葉を繋ぐ。けれども彼が目を開いたと言うこと以外には、事態は進展していなかった。いや、むしろこんな状況だ。後退しているという表現の方が正しいかもしれなかった。でもじっと真っ直ぐに俺を見つめる彼が、求めてることなんて簡単に分かるから。だって彼が分からせようとしているから。ずるい人だな、なんて言葉は飲み込んで、お望み通りに。
 
「……一緒に帰りますか」
「うんっ!」
 
そうしてやれば本当に嬉しそうに笑って、すぐに帰り支度を始める。そんな彼には呆れて何も言えなかった。むしろここまでこうだと、すがすがしいのかもしれない、なんて。彼のようには絶対一生なれない俺は静かに思う。だって同じ、なのだ。寝たふりだなんて知っていた。そんな俺も大概だ。
 
 
 
 
 
 
うそつたぬつね
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
お互いにずるい二人。でもじろちゃんのが一枚上手。
 
120114




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