偶然、なんて言ってみた。そんなことは全然無いのに。けれどもそれを知って彼は頷くのだから、そんなのお互い様だった。
 
一人、教室でペンを走らせる彼に近付く。笑いかけてみれば、彼もまた笑い返してくれる。お互いにほんの一瞬。律儀な奴じゃのう。なんて思うけれど、それは口にせずに彼の目の前の椅子を引いた。そして跨るようにして腰掛ける。
 
「何しとるんじゃ?」
「ちょっと委員会で頼まれてしまいまして。」
 
彼が先程からペンを走らせている紙を覗き込んでみた。そこには丁寧な文字が並ぶ。内容なんて知らないけれど、書き込まれた量と残りの空白部分とを比べれば終わりはまだ先のようだった。幸いというか、だからこそ受けたのかもしれないが、テスト前の部活は全面的にオフである。だからそれほど時間に追われている風では無いようだ。あまり急いでいるようには見えなかった。
 
「テスト前なのに帰れんのか、大変じゃのう。」
「仁王君こそ、帰らなくて良いのですか?」
 
俺への質問で返すのは、自身は大丈夫であるという証拠でもある。まあ、はなから彼の心配なんぞはしていなかったけれど。そんな言葉に、もう少ししたら帰るかもしれん。そうやって曖昧に返せば、相槌と優しい笑みが返ってきた。これはさっきよりも、よっぽど本当。
せっかくだから。そのまま終わりにしてしまうのも寂しい話だから。ペンを握らない、机に置かれた方の手をぎゅっとしてみた。重ねて、握る。そして、じっと見つめる。何ですか、なんて言葉には何でもないと返す。そうすれば彼の視線はすぐに戻り、淡々と作業を再開。なのに、不意に、ぎゅっ。
 
「何のつもりじゃ」
「あなたが言ったんじゃないですか、構って欲しいと。」
「言っとらん」
 
一瞬前まで、上にあるのは確かに俺の手だったのに、それはすぐに逆になった。咎めるようにして言ってみたけれど、彼は大して反応を示さない。結局、そういう奴なのだ。余裕なのは俺の方のつもりが、結局。紳士なんて誰が呼んだんじゃろうか。そう皮肉を込めて口にしたくなる。
 
机の上で、指は絡んだ。絡め捕られた。それをあくまで普通のことのようにしてやるから、余計にたちが悪いのだ。勿論教室には俺たち二人以外には誰も居ない。廊下から声こそ聞こえるものの、それも近くはなかった。だから、良い。そういう訳じゃあないけれど、拒まなかった。拒まずに、絡められたら指に絡め返す。
 
「……早く終わらせんしゃい」
「言われなくても、もう終わりましたよ。」
 
言いながら、立ち上がる彼は絡めたままの手を優しく引いた。まるで女性をエスコートするかのように優雅な様に、軽く唇を噛む。違うじゃろ、って。そうじゃないじゃろ、って。けれども別に嫌とも違うから、引かれた手には素直に力を込める。
 
「どっか寄ってから帰るかのう。」
「テスト前ですよ。」
「お前さんから誘ったんじゃ」
 
責任は取ってもらう。そうやって不敵に笑って見せれば、ほんのり赤く染まる頬が愛しかった。だからすぐに、してやったりな笑みに変わる。今度はこの手を俺から引いてみようか。そうやって、思うのはいつも一瞬で、どんどん惹かれているのはいつもこっちの方なのだけど。ほんのいちびょう彼から触れた唇に、紳士の名は剥奪してやらなきゃならない。そう強く思った。
 
 
 
 
 
からから
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちょっと28風味もありますが、82で。あくまで紳士的に。
 
110420




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