大学生乾×高校生海堂







時は過ぎてしまえば早かったと多くの人が言うけれど、それでも俺のこの一年は気が遠くなるぐらいに長かったと感じるのだろう。なんて、終わる前から確信めいたものを抱いていた。高校生と大学生、そこに存在する差はあまりにも大きい。それでも続いているのは、不思議と言うか当たり前と言うか。言葉には表せない何かがあるのだろうと思った。でも、終わらない。ここから先も気が遠くなるぐらいに長い時間が続いてしまうのだ。俺が口にするのは、そういう言葉。

 
「大学は先輩と違うとこ行きます」
 
よくあるファーストフード店の、よくある紙のコップの周りが完全に水滴に覆われてしまう。たったそれだけの言葉を口にするのに、それほどの時間がかかった。ああ、とうとう言ってしまった。なんて、よく分からないけれどどうしよもないぐらいの緊張に襲われる。ばくばくとなる心臓。なのに、なのに。
 
「そうか」
 
彼から返ってきたのはたった一言、そんな言葉だった。あっさりとした。あまりにも、あっさりとした。なんで、どうして、なんて。そんな言葉は続けられるはずも無いから、彼が口を開くのを待てば続くのもまた肯定だった。そこなら海堂がやりたかったことが出来るのか。あそこの学校はなかなか良い教授がいるらしいぞ。なんて、笑顔で。
 
きっとそうするって思ってたけれど。何を求めるって訳でも無いのだけれど。残念、じゃなくて。憎い、とかじゃなくて。でもどうしてかむっとしている自分が居る。だから、何が嫌って、否定を求めている自分だって、そんなのは分かっているから。顔には出さないように、言葉にもしないように。飲みかけのそれを一気に口に含んだ。
 
「今の時期からの変更だと、ちょっと苦労するかな」
「……ええ、まあ」
「でもお前のことだ。きっと頑張れるよ」
 
言ってからそれからは、分からなかった。どんな話をしていたのか。どんな顔で彼の話を聞いていたのか。確かに会話はしていたはずなのに何も残っていないみたいな。あっと言う間に終わってしまって、店も出て、帰路に着いたそれが今。ここで彼とは別れる。反対の道に歩むのだ。また、近い内に会おう。メールするから。なんていつもみたいなやりとりで、何も変わってないみたいに終わろうとする。それは違う。違うだろ。なんて思ったってどうしようもないから、お互いに向けた背。しかしそこから聞こえる声。
 
「本当はちょっとだけ寂しいんだけどね」
 
なんて、去り際に一言。そんなのずるい。ずるい、から。彼を振り返れば伸びる手。思わず彼の服の裾を掴めば、彼はさっきとは全然違う笑みを見せた。そうして俺が離せなくなった手を、優しく包んだ彼はやっぱりどうしようもなくずるい人。そんなのって絶対にない。絶対にないでしょう。そうやって文句を言ってやろうと開いた俺の口が紡ぐのは、結局、同じ言葉。ああ、本当に、ずるい。同じ気持ちなのに。さみしい、って。
 
 
 
 
 
ずるいひと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「高校までは乾と一緒で、大学は先輩と違うとこ行きますって言ったらあっさり肯定されちゃってむっとしちゃって、否定を求めていた自分が嫌で、ってなる薫ちゃん」を目指しました一応。
 
110923