確かなものが無くなった。俺と彼を繋ぐ絶対のもの。それさえあれば無条件で俺は彼の隣に立つことが許されていたと言うのに、それを失ってしまったのだ。どう足掻いたってそうなると言うことは分かっていた。決められていたのだ。どうしたって手の及ばない範囲での決定事項。でも、分かっていたって。でも、でも。
 
 
「長太郎、それじゃあ全然クールダウンになってないぜ」
 
練習が終わり、一人でひたすらに走った。何も考えたくなくて。はやく、はやく。そんな中突然聞こえた良く通るそれ。聞き間違えるはずもないそれ。そんな声にゆっくりと足を止めれば、声の主は溜め息を吐きながら近付いた。しかし止まった瞬間に疲労が溢れるように全身を襲い、ふらり。足がもつれ、崩れる。そんな俺を彼は自らの荷物も投げ捨てて、支えようとした。けれども、がたん。
 
「……すみません、宍戸さん」
 
彼の体では俺を支えきれるはずもなく、結局二人してその場に崩れ落ちた。十分には動かない体を無理矢理動かして、俺の下に敷かれてしまった彼を逃がす。けれどもそれ以上のことは出来ず、そのまま地べたに座り込んだまま。ああ、情けない。ただがむしゃらに走って、こんな、なんて。そう思うと顔を上げることも出来ず、俺はただ地面を見つめた。ぽたぽたと、垂れる汗が染みを作る。少しばかりぼけた視界に、もう日が暮れきっていたことに気付いた。情けない、情けない。こんなの。こんな姿を見られるの。そう思って黙ったままで居れば、急に頭に衝撃を受ける。
 
「い、痛っ!?」
「なーに一人で暴走してんだよ!」
 
ばしっと頭を叩かれたことに気付いて、訳も分からないまま顔を上げれば呆れたみたいな顔をして彼が言う。心配かけてんじゃねーよ。なんて言葉から、ああ、きっと彼を呼んだのは日吉なんだろうな。なんてどこかで思う。思う、けれど。どうしようもないのは変わらなくて、今だってそれは同じで、本当に本当にどうしようもなかった。
 
「理由が、無くなっちゃったんです」
 
頑張る理由。俺があなたの隣に立つ理由。だから、どうしようもなくて。どうしようも出来ないことに焦る。焦って、見失う。何をするべきか、何が正しいのか、何も分からなかった。だから、そうやって繋げようとした言葉は接続詞だけが浮いた。彼の手が今度はくしゃりと俺の頭を撫でたのだ。
 
「宍戸さん」
「長太郎」
 
名前を呼べば同じようにして返される。彼はまだ言葉を探しているのか、口を開いたまま続けないで静止。いや、それは、違う。続けなくても分かれ、みたいな。そんな。
 
「……何も、変わんねーよ」
 
口にすべきか迷いながらも、しっかりとした口調で紡がれた言葉。それを咀嚼しようとじっと彼を見つめれば、今度は彼が顔を伏せた。俺はお前が追う限りは待ち続けるし、今だってずっと同じところに立ってるつもりなんだ。なんて。照れながらも紡がれるそれには、何よりも確実で、大切で、絶対に確かなものを感じることが出来る。ああ、こんなところにも。こんなところに、それは。
 
先に立ち上がった彼の伸ばされた手を掴めば、ぐいっと引っ張られた。立ち上がれば目線は、距離は、きっとあの時と変わらない。ぎゅっと力を込めたのは一瞬だけで、すぐに手は離れた、けれども。絶対は、絶対。繋がれたそれはもうきっと離れないの、かもしれないと思える。思った。そうなのだ。だから、一人で焦る自分が情けなくて、恥ずかしくて、下を向けば彼の手が目尻をなぞる。だから、涙が、笑み。
 
ああ、多分いらないんだな、なんて。彼の笑みに、絶対の理由。
 
 
 
 
 
 
君のに立つ理由
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ちょたが焦ってるとりしし」なんだか長々してしまいました。
 
110923




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -