初めて行った彼の部屋には何も無かった。殺風景で、極端に物が少ない。けれど生活感が感じられないと言うのとは、また違うのだ。敷きっぱなしにされた布団に、取り込んだまま畳まれていない洗濯物。この部屋で彼が過ごしていることを証明するものは確かに存在する。けれど、何も無い。空っぽなのだ。
それに違和感を感じたのではなくて、妙に納得したのを覚えている。空っぽ。何も持っていない。部屋は彼自身を明確に表しているのだと感じた。彼にはここはその程度の場所でしかないんやな、って。でも、今は、違う。違っていれば良いと願う。
 
「白石もお茶で良かった?」
「おん、おおきに」
 
渡されたマグカップは、俺専用として彼が用意してくれたものだ。若草色。俺が好きだと言っていたことを覚えていたらしく、たまたま見かけたから買ったのだと彼は笑った。そうやって、段々と侵食していく。泊まることが増えたから、面倒臭く無いようにと歯ブラシや着替えまでもがここにはある。お揃いを並べるだとか、そんな恋人らしいことではないけれど。何も無い部屋で、何の生産性も無い行為を繰り返して、その中で俺は探しているのだ。求めているのだ。彼を侵食する方法。
俺のことで彼の頭の中をいっぱいにして、部屋には二人の物を溢れさせて、そうやって、何も無いを変えたい。それが俺の願望。出会ったままの彼は軽いから。簡単にここからいなくなってしまいそうだったから。おもりをつけて動けなくしてしまいたいのだ。さよならだとかそんな別れの言葉は聞きたくは無いから必死。どんどんと浸食を続ける。
 
「俺な保健委員なんやで」
「うん、知っとるばい?」
「もっと、知って」
 
マグカップはちゃぶ台の上に置いて、代わりに縋るみたいに彼に手を伸ばせば簡単に距離は縮んだ。彼の首に腕を回せば、彼は優しく微笑んでもっと引き寄せる。心臓の音が鮮明に聞こえる距離でぎゅっと抱きしめ合う。
置いていかないで、欲しいから。どんどんと俺は彼を侵食していく。少しでも多く、増やして、増やして。何も無い彼の中をいっぱいにする。全部が全部おもりになりますように。重い重い思いでいっぱいに。それが俺の願望。どうしよもなく切実な。だから、早く、早く。
 
動けなくなればええんや。
 
 
 
 
 
 
溺れてしまえば良いのです
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
為さんにちとくら!なんか重い白石になりました。私が求めていたものとなんか違う。
 
110908




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