ああ、失敗したなぁ。なんて、思う。なんでって言うか、なんでも。どう考えてもこれはよろしくない。今この状況は俺にとって大変望ましくない。本当に。心底。
 
(……さいあく。)
 
吐き出したい溜め息はぐっと飲み込んで、片手でくしゃりと前髪をかきあげた。乗り込んでしまったからにはボタンを押すしかないから、それだけは済ませて視線をそらす。合わせないように。気付きませんように。なんてこの小さな箱の中ではどう考えたって無理なのに、祈った。馬鹿みたいに祈った。けれどそんなものは所詮通じるはずなどなくて。視線を上げれば彼の笑顔をとらえてしまうから、今度は露骨に、溜め息。はあ。
 
「こんな所で偶然だね」
 
にこりと彼が笑うのは、全部全部分かっているからだ。俺が今考えていること、思っていること、全部全部。知っていてそうするのが彼。この人。臨也さん。
 
「子どもがこんな時間に出歩いちゃ、いーけないんだ。」
「正当な理由があれば問題ないでしょう。」
「ふーん。でも悪い大人も多いし、危ないんだよ?」
 
特に二人っきりになってしまう、エレベーターの中とかね。そう言って、にこり。良い大人の振りをする、悪い大人。あんたさえ居なければ安全なんですけどね。なんて言葉は口にはしない。それでも彼には伝わるから。伝わってしまうから。彼はぎらりと光るそれを隠すのを止めた。ああ、やだ、めんどくさい。無意識の内に俺は緊張しているのだろうか。乾いた喉が水を欲する。探さなければならない。水を。否、逃げ道を。
 
がたんとエレベーターは止まり、目的地への到着を告げる。何も知らない振りをして、逃げようとするのに立ちはだかるもの。そういえば、俺の方が奥に入ってしまっているのだ。ドアの前には彼。逃げ道は
 
 
「ねえ、正臣くん」
 
優しげな色を含んで、呼ばれる名前。それは他の色も含んでるような、みたいな。錯覚。ああ、こんな深夜に俺は一体何をしているんだろう。そんな疑問は気付けば遠く。渇く喉を、潤すものは。本当に、探しているものは。それは
 
 
 
 
 
 
欲するもの
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『「深夜のエレベーター」で登場人物が「探す」、「水」という単語を使ったお話』久しぶりに違うジャンル。相変わらずな二人。
 
110821




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