勉強、なんて言った。そんな些細な嘘。でも、クラスも学年も委員会だって彼とは違う俺は、こうでもしなきゃ会えないから。そんな女子のような自分の考えには、今さら呆れて溜息も出て来ない。きもいとは自分でも思う。そんなこと自分が一番分かっていた。でも、それでも、今こうして二人で過ごせているなら別にそんなのはどうだっていい。結局そこに至る俺の思考回路は、案外単純なのかもしれない。
 
「最近どきどきしてへんなぁ。」
 
もう勉強には飽きたのだろう。手に持つシャーペンをぐるぐると回しながら、不意に彼はそう言った。視線だけは一応、教科書。でも彼を向いた俺に気付いたのか、すぐに視線は交わった。どきどきってなんです、彼にも受験生でしょあなた。そうやって表情一つ変えずに言ってやれば、彼は分かり易く不満をあらわにする。ちょっとだけ膨らんだ頬。分からんの。そうやって溜息を吐かれる意味も分からなかった。
 
「テスト前やから部活もできへんし、恋もしとるわけでもあらへんし、なんかどきどきが足りてへんのや。」
「……はぁ。」
 
ああ、このひとは、なんてこと。そう思って適当な返事をすれば、なんだか納得のいかない表情のままで彼は俺を見た。でも、納得がいかないのは、こっちの方だった。俺は謙也さんといるだけで、こんなに。そうやって吐き出してしまえればどれだけ楽だろうか。そうやって、一瞬。でもそれは一瞬で、おしまい。きっと言葉だけじゃ、鈍いあなたは気付かないでしょうから。
 
「謙也さん、俺がどきどきさせてあげましょうか」
 
そう言って椅子から腰を上げる。すぐ、目の前。彼との距離は元々それほど無かった。けれどもそれを一気に縮める。ぎゅっと手首を掴んで拘束すれば、彼は逃げられないから。顔と顔が向かい合って。お互いの息がかかるぐらいの距離で。そうすれば真っ赤になった謙也さんは、絞り出すみたいに俺を呼んだ。何考えとるんや、そんな言葉も上手く形に出来ないでいる彼はどうしようもない。どうしようもない、けれど。
 
「阿呆。ほんまにするわけないでしょう。」
「……へ?」
「でも、どきどきしたやろ。」
 
寸前で止めて離れれば、真っ赤な顔のまま呆然とした彼。俺はあくまで何もなかった、みたいに。平静、みたいに。振る舞って、からかうときと同じ笑いを浮かべることを意識した。そしてまだ状況が呑み込めずにいる彼は放って、荷物を束ね一人で教室を出る。どうしようもない、から。きっとこれ以上は歯止めが利かなくなるのが目に見えてしまっていたから。そうなる前に予防。でも、そうなればいい。止まらなければいい。これで少しでも謙也さんは俺を意識したらええんや。そっちが、本心だった。一人なのに、うるさい。鳴りやまない心臓が、どきどき、うるさかった。
 
 
 
 
 
どき
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どっちがどっちでも大丈夫な気もしますが一応光謙。
 
110702




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