歩く。進む。ただひたすらに歩いた。ただひたすらに進んだ。海に向かって歩いた。水を目指して進んだ。いくら夏だとは言え、早朝である。水は冷たい。何も生きられない。そう感じるほどに冷え切っていた。踏み入れた足に感覚はもうない。傷口だけが痛みを感じた。腰までを包みきった水は、俺をまぜる。同じになる。海に同じ。水に同じ。自分と言う存在が完全に消える。それだけを俺は望んだ。今なら、きっと。海と空を線が繋ぐ今ならきっと、なれるよ。誰かが言って、俺は頷く。言ったのはきっと俺。頷くのはそれに、なのに。

「濡れてしまいますよ。」

違う。それを俺は望まない。不意に、空と海を繋いでいた線、雨。それは遮られた。振り返れば少女が一人、天に向かって手を伸ばす。いや、そうではない。俺に向かって傘をさすのだ。望まない。いらない。でも、それよりもどうしてが先に出た。一つになれず、俺は完全に分離する。

「もう、濡れてるよ。」
「でも、もっと濡れる必要はありません。」

水の中にいるのに、彼女は俺を水から守ろうとした。どう考えたって、それはおかしなことである。俺は自らやってきた。海に、水に、消えてしまおうと。なのに彼女は必死に手を伸ばして、守る。これ以上俺が濡れてしまわぬようにとする。

「わざわざ濡れる必要はありません。濡らされるのなら、避ければ良いのです。濡れたくないなら、逃げることも必要なことなのです。ただ、逃げることと終わりにしてしまうことは違う。それだけの話です。」

淡々と言葉を紡ぐ彼女。そこから感情は読み取れない。でも、温かい。この冷たい水よりも、何よりも温かく思えた。濡れて、濡れて、もう濡れることなどが無いようにと、消えることを望む俺。濡れて、濡れて、もう濡れることなどが無いようにと、守ることをする彼女。感じた、同じ痛みを、叫びを。きっと必死にここまで俺を迎えに来てくれたんだね。雨に濡れない為の合羽には、とっくに海水が染み込んだ。彼女を守るはずの傘は、今は俺の上だ。だったら、そうだね。君は俺が守らなきゃならない。俺は彼女が握る手に、重ねた。約束、するよ。約束、して。頬を濡らすそれが、傷付けるものではなくなる未来を。


「二人なら、乾くかな」

















ついったーより、『「早朝の海」で登場人物が「約束する」、「傘」という単語を使ったお話』

100901




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