私は、音の出ない口を動かす。ぱくぱく、なんて、魚が生きる為のそれとは違う。けれども、半分は一緒。愛しい人の名前の形を作る。それは、私が生きる為である。

「ごめん、待たせた?」

決して聞こえない筈の私の言葉を彼は拾う。音にならないそれを、彼は誰よりも正確に拾ってくれるのだ。私はそんな彼の言葉にふるふると首を振って、否定を示す。そうすれば、良かった。なんて彼が優しく笑い返すから、きゅうっと胸が鳴った。

「じゃあ、帰ろっか。」

そう言って歩き出そうとする彼の腕を私は捕まえる。軽々しく、腕にしがみつくのだ。それは日常。繰り返す内に、今ではそれが普通になった。でも、嘘。私は彼と恋人であるが為に必死に嘘を吐き続けている。さようなら、声。あなたと生きれるなら、まやかしと共にだって生きれるよ。

「どうした?」

彼の腕にしがみついたままでいれば、優しく、声をかけられる。それはたまらなく暖かい。愛しい。そして、辛かった。私は声を失った。それ以来、彼は共に居てくれる。偽物の恋人でいてくれるのだ。だから、終わりだよね。きっと。私が本当を自身の言葉で伝えたら、そこで終わってしまう。ありがとうも、ごめんねも、私には伝える術がないのだ。こんなに思っているのに、好きも、愛してるも、私には伝えられない。伝えたら、終わりだから。どうしたってそんなこと、望めない。だからね、嘘だって吐き続けられるの。まやかしと共に生きることだって、幸せなことなの。そうでもしてあなたと共にいることがばれたら、きっとどうしようもなく馬鹿でわがままだと思われちゃうね。でも、ばれたときは終わりだから、関係ないのかもね。なんて繰り返せば滲む涙を、私は彼の腕に隠した。

(でも、やっぱり、ごめんね。)

私は私が生きる為に、彼の幸せを奪う。だから魚とは一緒になれないよ。それでも、幸せに浸っていたいの。心地の良い空間で生きていたいの。ごめんね、大好きだよ。それも形にはならないで、私の中に沈むのだけれど。今は、まだ。沈んで、この時に溺れさせていて。





恋人ごっこ










ついったーより、『「軽々しく、腕にしがみつく」キーワードは「わがまま」』で創作男女。

100829




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