ちょっと居眠りをしてたら、ノートをとるのが遅れた。次はもうない。放課後だ。だから私は黒板掃除を代わると伝え、のんびりとノートをとることにした。五分もすれば教室は空になる。受験前のこんな時期にのろのろ教室に残る人なんて居ないし、勉強をしていくにしてもクーラーの効いた図書室に行くのが普通だからだ。ああ、息が詰まる。苦しい。私はこの学校ではほんの一握りの数少ない就職組だから分かんないだけなのかもしれないけれど。息の詰まるこの空気にはうんざりしていた。ぎゅっと締められては制限をかけられる。自由な思考を制限されてしまえばあらぬ方向にだけそれは走った。違うのに、聞こえないのに、そう思う。見えないはずのものが見えてしまう。本当に、うんざりする。

「就職組一号、なーに勉強してんの?」

誰も居なくなった。そう思っていたのに、一人居た。いや、今来たのだ。一度居なくなったのに、もう一度。聞けば忘れ物をしたと答えるが、そのまま彼は私の前の席に腰をおろす。そして私の耳にかかる眼鏡をとって自分にかけた。

「どうせ就職すんでしょ。一生懸命になる必要なくない?」
「数学は好きだからやってるだけ」

彼は私のノートを覗き込み、話す。そんなに好きなんだ。数字は嘘をつかないもん。なんて会話を交わしながら私はふと思った。彼はそれなりに難関校を狙っているはずだ。だから、良いのかな。他のみんなみたいにならなくて、良いの。そうやって聞いてみたくなった。しかし、そんな私の思いが聞こえる筈なんてないのに、彼はそれを遮るように言葉を発する。

「度、強いね。普段から眼鏡かけてなきゃ、何も見えないんじゃない?」
「……見ないの」

そっと、漏れた私の言葉に彼はきょとんとした表情を浮かべているに違いない。きっと、意味が分からないだろう。私だって分からないのだから。なんとなく息苦しくなって、想像、被害妄想。瞳に映る全てがそれを引き起こす。いつの日からか。友達は、みんな当たり前のように受験する。だから相談は出来ない。だから見えなくすれば良い。それは、必死に考えて導いた私なりの答えだった。だから、分からなくて当たり前。そう思うのに、彼は優しく笑って私に眼鏡をかけ直す。

「本当は見えないから怖いものの方が多いんだぞ」

そう言ってぽんぽんっと優しく私の頭を叩いた。そしてすぐにいつの間にかに手中におさめていた忘れ物とともに立ち上がる。普通に、何事も無かったかのように来たときと同じルート。私の動揺。なんて関係なかった。ぐるぐると渦巻いて、ごちゃごちゃ。分からない感情の上にまた一つ彼は面倒なものを残して、去る。ああ、でも、見える世界も悪くはないのかもしれない。そんなことをちょっとだけ思わされた。だから、手を振る彼に私も小さく振り返して、閉まった扉を少しだけ見つめていた。


「俺と居るときぐらいさ、全部見てくれれば良いのに。なんて駄目?」







見たくない、のおしまい?












100624




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