じりじりと、なんてそんな緊迫した空気も持たずに俺に近付く彼。こっちがナイフを持っていることぐらい、今さら知らないわけでは無かろう。それでもあくまで普通に近付いてくるから、俺も見た目だけは普通を装う。だんだんと縮まる距離、近付く彼。あまりにも自然な彼の行動を逆に不自然に感じて、俺は一歩足を退く。その時だった。彼と俺の距離がギリギリまで近付いて、額に軽く接触。ちゅ、って。

「……はい?」

落ち着け俺。今何があったのか落ち着いて分析し理解するんだ。そう自分自身に指令を送るがそうはいかない。だって有り得ない。立ったままの眠りにも着かない状態で夢を見れるかなんて知らないけれども、夢としか思えなかった。だってシズちゃんが俺にキスをするだなんて、有り得ない。してくれるわけがない。だから、夢だ。

「あ、俺これから仕事だから。じゃあな」

しかしこの額に残る感覚だけはリアルだ。今さらそこに触れたって、もう俺に背を向けた彼の温度なんて残っているはずが無いのだけれど。それでも確かにそこに彼を感じた。

(全く、なんで俺がシズちゃんなんかに振り回されなきゃいけないんだろうね)

そんなことを思い溜め息を吐いて、彼の向かった方向に背を向け俺は歩き出す。無意識の内に今度は自分の唇へと触れていた手へと、苦笑をこぼしながら。






翻弄される











100221




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