「お月見でもしよっか」

いつもの追いかけっこ。そして、たどり着いたのはビルの上。逃げ続ける俺を追いかけるのは不毛だと気付いたのか。それともこんなにも何もない場所では彼のお得意の武器は生み出せないと思ったのか。はたまた両方か。はたまたどれでもないのか。とにかく、彼も俺も足を止めた。夜の屋上だ。夏の暑さは残るが、昼間ほどではない。むしろ、時折ひんやりと吹く風が心地好いぐらいだ。俺が仰げば、彼も仰ぐ。真っ暗とは言い難いが闇に染まる空を。丸くない月が昇る。

「I love youをね、月が綺麗ですねと訳した人がいるそうだよ」

知ってる?と問えば、彼はぼそりと名前を呟いた。それぐらいの教養は、正しく身に付いているらしい。俺はそんな彼に正解、と笑う。笑って、間を詰める。間を詰めて、覗き込む。君の瞳にはあの月はどう映っているのかな。美しさに涙することが出来る、君の瞳には。そんな純粋な疑問だった。そうすれば、揺れる。欠けた月が彼の瞳にゆらゆら。

「シズちゃん、どうして君は泣いてるの?」
「……泣いてねぇよ」

嘘、ばっかり。彼の瞳は確かに揺れている。ゆらゆら、ゆらゆら。そしてその涙の海で溺れる魚が一匹。俺はそれを見つけてしまった。ゆらゆら、ゆらゆら。そんなもの、見つけない方が幸せだったのにね。

「臨也、」

小さく戸惑うように呼ばれた名前。多分、きっと、そうなんだ。君が言わんとしていることは、口に出されなくったって分かった。ゆらゆら、ゆらゆら。揺れているのは俺の方だって言うんでしょう?それは、半分正しくて、半分違う。俺が揺れるのは、君が揺れているからなんだ。彼の涙の海には今も月が映り、哀れな魚が溺れている。それならば、俺の瞳も、そうかな。君も、そうかな。きっと、そうだよね。そうであれば良いと、願うよ。


「シズちゃん、君も俺に溺れれば良いんだよ」






月の涙に魚が溺れる












100710




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