「シズちゃん、あーん」

不意に聞こえてきた声へと、警戒もせずに振り返った自分へと後悔した。声の主はあのノミ蟲なのだ。何かあると思う方が、自然で当然である。そしてそれは正しくて、にこりと笑う彼を前にして感じるのは甘酸っぱいイチゴの香りと奇妙な不快感だった。

「いきなり何してるのかなぁ、臨也君よぉ?」

俺は出来るだけ冷静になろうと、同じ様ににこりと笑った。そうは言っても彼のにやけた顔とは全く別のものになったのだろうけれど。しかしそう振る舞った後でこれはキレても何の問題も無い場だったのだと気付く。勿論一番の理由は相手が彼であることだが、俺じゃない他の誰かだってこの状況にはキレたってちっともおかしくないのだ。振り向きざまにイチゴをべちゃりと。彼にあーんと言われそれを食べる自分もおぞましいと思うが、あーんと言った以上は口へと運ぶべきである。しかし彼はよく熟れたイチゴをこともあろうがべちゃりと、俺の閉じた唇の端へと押し付けたのであった。当然、行き場を無くしたイチゴは俺の顔へと形を崩して張り付く。それが甘酸っぱい香りと奇妙な不快感の正体である。そんな理不尽な行為へはキレたって何の問題も無かったのだが、そんなタイミングを逃してしまった俺は眉をひそめるだけで留まっていた。そしてそんな俺へと彼は楽しげに笑ってみせて、よく似合うよく似合うなんて口にするのだから全く意味が分からなかった。

「血を滴らせてるシズちゃんもぐっとくるものがあるんだけどさぁ、やっぱり俺正確。イチゴ、良いね」

彼はそんな俺の思考などは置いていって、また楽しげに笑って俺への距離を詰める。そんな彼の行動に今度はしっかりと警戒を怠らなかった俺だったが、それでも予想の範疇を超える彼の行動に対応するまでにはいかなかった。着実に距離を詰めた彼は不敵に笑ってみせて、イチゴと同じぐらいに綺麗に染まった赤い舌をのぞかせて。次の瞬間にはそれを這わせていた。


「いただきます、シズちゃん」






甘酸っぱい恋の在り方











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