最低だ。そんな自覚はあった。毎晩毎晩、彼をなかせているのだ。夢の中で。

音はしない。抵抗もしない。ただそこにあるのは俺が彼を 、そんな漠然とした事実だけだ。時には女物の服を纏っていたり、その日たまたま食べた赤くよく熟れた苺が出てきたりなんかもした。それを彼は抵抗せずに受け入れる。そんな彼を俺はひたすらめちゃくちゃにする。一日が終わり布団に入れば、毎夜、その繰り返しだ。

(死にてぇ)

そんな煩悩塗れの自分の思考が嫌でたまらなかった。朝、目を覚ますと昨夜の夢にうなされる。今日も音の無い世界で彼は甘い吐息を漏らしていた。彼の白い首筋に落とした赤は恐ろしい程に官能的で、実際につけたらどうなるのだろうか。なんて、危ない危ない。徐々に夢と現実の世界の境が曖昧になっていく自分を止めることに今の俺は必死だった。だから、会いたくない。いつにもまして彼なんて存在には会いたくないと言うのに、現実は残酷だ。

「しーずちゃん、何怖い顔してんのぉ?」
「黙れ。帰れ。そして死ね。」

俺は舌打ちをして、彼にそれだけを伝えて背を向ける。こんな所で二人切りとか、まずいだろ。 耐えられなくなる。きっと、駄目になる。だから俺は足早に去ろうとするのに近付く彼。白い首筋はまだ、白いままだ。


また、夢を見た。


彼の首筋に赤を落とす。唇を重ねてはひたすら、貪る。漏れる声はいつもより少し苦しげで、触れる感覚はやけにリアルだ。段々と現実に近付いていく夢の世界に俺は心の中で溜め息。同時に自分にこれほどまでに性欲があったものかと呆れた。

「シズ、ちゃん」

しかも、声だ。夢の中で初めて呼ばれた名前。この世界で音を聞くのは初めてだった。それほどまでにこの世界が現実に近付いているのかと思うと恐ろしい。恐ろしいけれども俺には止めることが出来なかった。開いた彼の口内に舌を侵入させて、それから小さく返事を返してみる。

「何、臨也」

まぁ、所詮夢だ。再び返事を返すことも無いだろうと思いつつ、俺は片手で彼の髪を弄り綺麗な黒を指に絡めた。しかし、予想外のことが起きたのだ。がっと、唐突に伸ばされた彼の腕。そんな彼の手が俺の首を掴んで、生じるのは痛み。苦しみから吐き気をも生じる、そんな痛み。痛み?

「え、」

まさかとは思いつつ、俺はゆっくりと周りを見渡した。そこは今日彼とたまたま出くわした建物の中で、俺達以外には誰も居ない。そんな俺達はどこからどう見ても最中で、俺が散々繰り返した夢の世界と同じ筈だった。同じ、筈だった、のに。

「俺にこんなことしといてその顔、何なの。死ぬ?今すぐここで死ぬ?と言うかその死にたいみたいな顔、どっちがって話なんだけど、え?」

にこりと、しかし明確な殺意をもって俺に言う彼。それだけが全てを語っていた。これは夢ではない。現実である、と。瞬間、物凄い勢いで血の気が引いていくのを感じた。目の前の状況。自分の目に映る全てが、俺のやらかしたことを物語っていた。終わった。そう思って現実から少しの間だけでも目をそらそうと、彼の言葉を聞き流す。しかし、聞き流して、たまたま再び視界に入ってしまった彼の首筋に俺はまた貪るように唇を重ねてしまった。駄目だ、駄目だ。もう完全に、終わった。





さようなら夢世界











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