「ごめんなさい、好きです」
唐突、では無かった。俺は多分もうずっと前から気付いていたのだ。出会った時には敵意ばかりを剥き出していた彼が、段々と丸くなっていく。優しく、優しく。俺への視線も気持ちも、徐々に変わっていく。しかし、気付かないふりをしていたのだ。知っていながらも、知らない気付かない気のせいだと。そうであるようにと祈っていたのだ。けれどもそれはもう、通用しない。
「ごめんなさい、トムさん、ごめんなさい」
肩を震わせながら、彼は俺に縋る。ぼろぼろと零れる涙を見せないために、俯きながら俺の服をぎゅっと握っていた。好きです。そして、ごめんなさい。随分長い間、彼の口からはその言葉しか聞いていないような気がした。
「ごめんなさい、全部、忘れて下さい」
しばらくしてそう小さく呟き、彼は掴んでいた俺の服から手を離した。そして肩を震わせたまま、体を離そうとするから、今度は俺がそんな彼の服を掴む。
「知ってた、よ」
決して多くは語らずに、それだけ。目を涙でいっぱいにしたまま俺を向く彼を俺もそっと見つめ返した。謝る、とか。忘れて、とか。そんなのはずるいだろ。なんて思いながらも、俺には満足に彼を抱き寄せることすら出来なかった。
ずるい人
100306