「なーに、俺だって無理矢理が好きな訳じゃあない。たまには君の意見だって聞いてあげようじゃないか、正臣君?」

にこりと言うよりもにやりが相応しい。そんな笑みを向ける彼のもとに俺は絶対絶命、どうしようもない。目の前には彼が居て、後ろには壁。無理矢理が好きじゃないなんて嘘だ。この状況はどう見たって無理矢理でしかない。

「じゃあ、時間をあげようか。十秒、俺がそれを数え終わるまでに、逃げたければ逃げれば良いよ」

笑みを絶やさずに俺を見る彼との距離は僅か数センチと言ったところだろうか。柔和な笑みを浮かべ優しく話しかける彼の行動は、一つも優しくない。壁に押し付けられた背中が痛んだ。強く握られた手が痛んだ。

「臨也、さん…」

こんな状況じゃ逃げたくても逃げられないじゃないですか。そう訴えるように俺はただひたすらに睨む。けれども彼は気にする様子など全く見せないで、カウントダウンを続ける。駄目、かも。力でも頭でも言葉でも、何一つ俺は彼にかなわない。だから、俺に出来ることなんてもう無いじゃないかと、俺は抵抗の為に必死に込めていた力を抜いた。無駄だと分かり切っていることを続ける気にはなれなかったのだ。なのに、

「…どうして、」

俺が抵抗を止めた瞬間、彼もまた俺を押さえつけることを止めたのだ。予想外のことに自分で自分を支えきれなくなった俺はへたりとその場に座り込む。すると彼の立ち位置は変わるわけではないから、必然的に俺は見下される形になった。そんな状況でもまた彼は笑う。しかし今度は些か悲しげに、寂しげに。

「無理矢理が好きな訳じゃ無いって言ったでしょ?」

そしてじゃあねと俺に背を向ける。ギリギリのところまで追い詰めて、ギリギリの距離まで近付いて、やっと触れるかと思ったところで手放された。安心した。でも苦しくて、寂しい。そう思ってしまうのも俺の心?

「……無理矢理、なんかじゃないですよ」

俺は届くはずの無い彼の背に向かって小さく呟き、訳の分からない感情に涙した。






求め過ぎて交わらない












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