つづくことば その6


*結局、最後まで同じだ。
葛城が拳を振りかぶる。
やばい、と思ったときには最早、遅く。
彼の拳がその勢いのまま、頬にめり込む。強かな衝撃が頬より響き、ぐわんと視界が揺れた。たたらを踏みように足元がふらつき、佐々原は口内に鉄臭い味が広がるのを感じた。
くっそ、口ん中、切った。
低く呟いた佐々原はぎらりと剣呑な光を瞳に宿していた。血液混じりの唾液を吐き捨て、にやりと葛城に笑いかける。その笑顔に一瞬怯えたように、葛城は身を震わせたが、すぐに刺々しい雰囲気を取り戻す。

「死ね。今すぐ死ね。早く消えちまえよ、クズが」

葛城が激しい憎悪を隠しもせず、吐き捨てる。彼は見せつけるように、荒々しく唇を拭う。何度も何度も。ごしごしと。

「そんなに怒らなくったって良いじゃないか。それに、そんな風に擦ってたら、唇切れちゃうぜ?」

佐々原はへらりとした笑みのまま、葛城に気軽な風を装って近寄る。
恐怖で瞳を揺らした葛城は、佐々原が近寄ってくるのに合わせて、じりじりと後ずさる。が、唐突に佐々原が大股で踏み込み、葛城の腰に片手を回した。もう片方を彼が唇をぬぐっていた手を取り、そのまま自分の方へ引き寄せる。咄嗟に反応できず、葛城はなされるがまま、佐々原と密着させられる。
ひっと、葛城が喉の奥で悲鳴をあげる。丁度、フォークダンスでも始めるような体勢だが、二人の表情にそのような楽しげなものは一切ない。

「はなせ、よ……」

ひきつった声に佐々原は一層笑みを深めた。自分とは無縁だと思っていた嗜虐心が沸き上がるのを感じた。

(傷付けたいとかそんな乱暴な感情は、知らないはずなのに)

葛城を前にすると感じるこの、馬鹿みたいに狂暴な感情はなんだ。
傷付けたいわけじゃない。否、傷つけば良い。
知れず、佐々原は歯噛みしていた。ぎり、と奥歯が擦り合わされる鈍い音がする。
ほんと、俺に溺れてしまえば良いんだ。

「葛城、」

自分より伸長の低い葛城に覆い被さるようにして、彼の耳元に口を寄せる。
それすらも忌々しくて。びくり、と肩を揺らした葛城だったが、後、囁かれた言葉に眼を見開いた。反射的に顔を上げ、佐々原を仰ぎ見る。
しかし、酷薄と笑った彼を見て、しまったと自らの行動を後悔した。捕まれた手を振り払おうとするも、しっかと握られた手を振りほどけない。身を硬直させている間に、佐々原は淡々とした表情で、葛城に顔を寄せ、

「いっだあっ!!」

下唇に噛みついた。ぎり、と前歯が立てられ、葛城は悲鳴を上げた。思わず佐々原を突き飛ばし、ふらふらと後ずさる。

「なにすんだよっ!ばかっ、死ね!」

佐々原を睨み付ける。再び口を拭おうと持ち上げた腕を、佐々原が掴む。
見上げた彼の瞳は多分、自分と同じくらい、

潤んでいて。

「好きなんだよ。……葛城が、好き、なんだよ」

佐々原がすがり付くように恋情を吐露する。

「やめろ……」

佐々原の言葉を打ち消そうとするように、小刻みに頭を振る。

「なんでっ、なんでそういう事、言うっ!俺はお前の事、」

友達だと、思ってたのにっ!
見開かれた瞳から涙が零れ落ちる。ぼたぼたと大粒のそれが生み出され、葛城の頬を濡らしてゆく。

「どうして……」

その言葉はどちらが発したものだったか、佐々原には分からなかった。
葛城は泣いている。
自分は。

葛城を見下す。

こいつが、憎くて仕方がない。

「俺とお前は友達じゃなかったのか?
お前、俺のこと、そんな目で見てたのか?」

「そうだよ。友達だなんて」

考えたことは一度もない。
掠れた声では呟く。しかし、それは彼には聞こえなかったようだ。
葛城は延々、喋り続けている。葛城から吐き出される言葉は呪詛のようだ。
佐々原を縛る、呪いのようだ。

「葛城……」

彼を呼ぶ。

「呼ぶな!お前なんか、知らない!離せよ、触るな」

彼は拒絶する。
葛城の沈んだ瞳が佐々原を捉える。
佐々原はそこに、すがるような、甘えを認めて、静かに憎悪を募らせる。

「葛城」

「やだやだ!やめろ!」

「葛城!」

「お前なんか死ねば良いっ」

「嘘だからっ!」

「…………え」

悲鳴にも似た悲痛な声で佐々原は叫んだ。彼の言葉に葛城は動きを止めた。
歪んだ笑みが佐々原の表情に広がる。

「嘘だよ、全部」

好きって言ったのも。
キスしたのも。
友達じゃないって言ったのも。
こんなに憎いのも。愛しいのも。

きっと、全部、嘘だよ。

「ほんとに?」

「ほんと。ちょっとからかっただけ」

無理矢理笑うと、葛城も脱力したように、心底安堵したように笑った。

「なんだよ……。迫真すぎて、本気にしたじゃねーか」

へらへらと笑う葛城に佐々原も笑って見せる。
……結局、何度やったって結果は同じなんだ。最後まで、同じなんだ。
葛城の笑顔に、佐々原はふつふつとほの暗い感情が沸き上がる。
最早、彼に告白するのは十を越えた。その度、葛城は泣き、自分を拒絶する。
彼は佐々原を気の良い友人として求めている。それ以上の佐々原は、そして、それ以下の佐々原は必要ではない。彼は、佐々原当人ではなく、自らの心うちに生み出した、虚像を佐々原としている。そして、その佐々原に依存している。それに現実の佐々原は関係ない。
自らの考える佐々原を求め、現実との差は全て拒絶する。
葛城の佐々原は彼に向かって「好き」とは言わない。故に拒絶する。
葛城の佐々原はよい友人として彼の側にいる。故に彼を求める。

「そっか、冗談か。なら、良いんだ」

葛城は濡れた頬が嘘みたいに、にこにこ笑いながら、佐々原の手を振りほどいた。
きっと、彼の中の佐々原は彼に触れたりはしないのだ。
佐々原には最早、何故自分が彼にかくも執着しているのか分からなかった。
笑顔に惹かれた気がする。
性格に魅力を感じた気がする。
だから、付き合いたいと思ったはずだ。
しかし、今となってはそんな事よりも自分を見てほしいのだ。
フィルターを通し、修正がかけられた佐々原ではなく、自分を、ありのままを見てほしいのだ。
それで、拒まれたなら、俺は諦めきれると、佐々原は思っている。
しかし、そんな日はきっと来ないことも佐々原は気づいている。

「葛城」

「なんだ?」

「お前、ほんと、嘘つきだな」

葛城が一瞬だけ、怯んだ。
しかし、それはやはり一瞬で、すぐにそれは消える。


「お前にだけは言われたくねーよ!」


そして、葛城は快活と笑った。
そんな彼をいっそ殺してしまいたいと、佐々原は粘つく恋情をもて余しながら、感じたのだった。







お疲れさまでした。


感想などありましたら…

*私は純粋にいちゃいちゃしてるものが書けないのか。と、一人つっこみします。
本能赴くままに書いたら(バイオレンスちっくなものが書きたかった)、なんや妙なものができました。しかも、長いし。こんなに長くなくていいだろ。
黒歴史を生産してどうするんだ、私。


……あ!そういえばこのお題するのも久しぶりですね。そういう意味で楽しかったです(`・ω・´)







[2012.1118]




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