なんていうかね。

「溺死体」
ひっ、と嬌声が漏れた。
唐突に肩をかまれたのだ。
ウィルの膝に乗せられ、向き合うような格好にさせられていた俺はそれだけで、もう既に根を上げそうになっていた。「痛いか?」と、上目づかいで尋ねられるが、「あたりまえだろ、ばか。俺が今なにされてるのか、一番わかってるくせに!!」なんて思いつつ、実際にはひどい圧迫感に答えることもできずに、必死に頷いていた、そんなときである。
何を思ったか、ウィルは丁度自分の目の前にあった俺の肩に噛みついてきやがった。
肩が貫かれたような痛みが走り、その後、じわじわそれが広がってゆく。
遠慮なんてしてもいないのだろう。肩に赤い歯形が浮く。
俺は確かに「痛い」と叫んだ筈だった。だのに、口から吐き出されたのは言葉とは名ばかりのただの音で。甘ったるくて、濡れそぼった音で。
思わず、瞠目する。
なんだ、今の声。と、思うとともに、どこか頭の冷静な部分が、こんな自分の声、知りたくなかったのに、と、溜息を吐いた。
視線を下せば、俺の声に気を善くしたのか、にやにや笑うウィルが見えた。やっぱり、痛くなかったんだろうって言われているようで、ひどくむかつく。
お前には分かんねえよ、一回もされたことないしな。大体、本当に気持ちよかったんじゃねえよ。思いっきり噛みやがって、痕までついてんじゃねえか。
非難したいはずなのに、瞬間、ウィルが無遠慮に動くものだから、それはのどを超えられずに潰されてしまう。一瞬、ふわりと意識が眩んだ。咄嗟にウィルの首に手を回し、しがみつく。今、意識がなくなった方が楽だったんじゃないか。そんな考えが頭をよぎるが、最早後手である。俺はウィルの肩に頭をうずめた。
やだって言ってんのに、言えば言うほどそこばかり攻め立てられるから、どうしようもなく理性が剥がれてゆく。身体が痛くて、体勢もつらくて、涙が出るほど痛くて痛くてしょうがないはずなのに、肌が重なり合えばあうほど、訳のわからない濁流に飲み込まれてゆく。熱くてだらしなくって頭の悪い感覚に押し流されてゆく。
溺れる、なんてそんな陳腐な表現、昔は笑えたはずなのに、今はまるで笑えない。ウィルと目が合う。彼のビー玉みたいな瞳が情で揺れる。笑うとも泣くともつかないその顔に、ぞくぞくと悦楽が奔った。
こいつが気持ちよかったら、痛みも我慢できる。
なんて、そんなマゾっぽいことは言えやしないが、それでも日常とはかけ離れた顔に思わず悦んでしまうのも確かで。
ふと、彼が俺の後頭部に腕をまわした。そのまま、軽く引き寄せられる。俺の耳に彼の唇が軽く触れる。吐息がかかってくすぐったくて、思わず身がすくむ。俺はこいつから与えられるすべての感覚を快楽として受け止められるんじゃないか。ふと、そんなことを思ってぞっとした。それこそ、……溺死ものだ。
軽く耳を食まれた。息を呑む。耳殻を舌でなぞられ、犬歯が刺さる。
痛い。だけど、甘い。
彼の肩にしがみつく。顔をうずめる。
ぐぢゃり、と耳の中から濡れた音が響く。
そんなとこに入れるんじゃねえよ、汚いだろ。
執拗に耳を弄られる。上も下も熱い。声を抑えるのに必死で、抵抗することもままならない。
漸く気が済んだのか、不意にウィルが俺の耳から離れた。
安堵の息を吐いたのもつかの間。
――カタリ。
唐突に名前を呼ばれた。いつもより、随分と低い声。ぞわぞわとした感覚が背筋を伝った。
息を呑みこむのがわずかに遅れ、小さな悲鳴が漏れる。
こんな時に名前なんて呼ぶなよ。なんでいつもは頼んだって呼んでくれないくせに、こんな時ばっかり名前で呼ぶんだ。そんなことされたら、いつかきっと嫉妬してしまう。お前が不意に誰かを名前で呼んだとき、きっと俺はそんなバカみたいな嫉妬をしてしまう。
ああ。なんて、女々しいんだろう。
情事での声とか、自分の女々しいところとか、どんどん他人に溺れてゆく自分とか、ウィルのせいで知りたくもなかったことばかり、知ってゆくようで、忌々しくって腹立たしい。そして、なによりこんな俺を知られたら、嫌われてしまうのではないかって多分に恐れている俺が何より一番手遅れで、バカみたいで腹立たしい。恥ずかしくって、情けないから、腹が立ってしまう。
そんな胸中も知らず、ウィルはそれから何度も俺の名前を呼ぶものだから、いっそ、その口を閉ざしてしまいたいのに、なぜだかずっと聞いていたくって、張りつめていて、欲に染まった声で呼んでほしくって、訳が分からなくなって、涙が零れる。視界が歪む。
早く意識を飛ばしてほしい。このままだと、本当に、本当に、溺れきってしまう。
のに.。
俺は多分、それを心から望んでいないのだ。



結局、「ちょっぴり」いかがわしいの、「ちょっぴり」ってどのくらいだったのですか。
僕には結局わからないままだったよ……。
もっと薄めなの?それとももっと濃くてもいいの?
濃いのはもうむりだけどもさ!!

[2013.0920]




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