可愛くない | ナノ
※大人

腫れた目元はいまだ赤みを帯びていて、重たげな瞼に押し潰されてしまいそうで、もう、ぶさいくとしか言いようがない。
こりゃ化粧したところでごまかせるものではないだろう。
それに輪郭だって心なしかゆるい。
こいつ、いつも寝る前に欠かさなかったリンパマッサージとやらもさぼったらしい。あれだけ丸顔を気にしいてるくせに、それどころじゃなかったときた。
浮腫んだ顔は情けないくらいしょぼくれてて、かわいそうに、このまま出ていったところでお前を気にかけるような趣味の男はいないと思うぜ。
だって本当に、どこをどう見たって、可愛さの欠片もない。
大きく譲歩して、それでも唯一の取り柄は色白くらいのもんだが、それだって寝不足のせいでくすんでいる。
目の下の隈が残念過ぎる。

どんよりとした瞼の奥、俺より少ない地味で貧相な睫毛にうすーく縁取られた瞳は恨めしげにこっちを睨み付けていて、怖いったらありゃしない。

おまけにグレーのだぼついたスウェット姿なんて、ださい。ださすぎる。
いや、まぁ、それ、俺のなんだけどね。

でもよぉ、それで猫のキャラクターのサンダルでも履いてみろ。この家にそんなもんねぇけど。
そんな女、みんな願い下げだからな。

「ひっでぇ顔」

笑うのも可哀想になるレベルだ。
だから俺は真面目くさった顔を作ってありのままの事実を淡々と言った。
そんなこと、小鳥遊本人だってよくわかってるんだろう。
充血した目がそれを物語っている。わかってるわよ。

「・・・帰る」

反抗心に満ちたざらつく声も、これっぽっちも女らしくなかった。

「うん、どこに?」

尋ねれば、むっつりと陰気な顔をして黙ってしまった。
そらそうだ、よく考えもしなくたって分かること。
帰るところなんてもう、ないだろうが。
お前には、ここ以外は。
バカなこと言ってんなよ。

普通の女だったらここで俯いて可愛らしくめそめそと泣き出すのかもしれない。
けれど小鳥遊はまるで戦いでも挑むような目でまっすぐとこっちを見てくる。
なにか言いたげな瞳はぎらぎらしている。
そうかそうか、受けてたとうじゃないか。先にそらしたほうの負け。
まるでチキンレースだ。

まじまじと奴の顔を見つめる。

頬には昨日の涙の跡がまだ残っているのを発見してしまった。
出ていく気ならまず顔を洗えよ、きたねーだろ、バカが。

俺は無表情を張り付けたまま、でも本当は内心今すぐ笑ってやりたくてたまらない。

バカだなぁ、本当。
可愛くねーよな、全然。

リップの塗られていない、赤みのひいた薄い唇が開きかけて、止まる。
なにを言おうとしたのか、でも言葉は届かなくて、その代わりに睨んでくる小さな瞳がつらりと濡れた。
それでも目をそらそうとしないこいつは負けず嫌いにもほどがある。


ああ、くそ。

「・・・なんだよ、泣くなよ」

舌打ちをひとつ鳴らして、しょうがなく、手を伸ばした。
ぶちゃくれた泣き顔なんておぞましいだけだ、見てられたもんじゃない。
視線が外れた。
俺の負けだ。まぁいい。いいんだ、こんなのそもそも勝負してたわけじゃないんだから。

抵抗のない体はあっさり、腕の中に収まった。
運動してるくせにほっそい身体だ。
骨ばった背中を撫でる。身体までトゲトゲしいなんて、お前ってどうしようもない奴。

「大丈夫だよ」

小鳥遊の身体が腕の中で気まずそうに縮こまった。
昨日の夜、俺に向かって吐き捨てた台詞を思い出しているんだろう。

もう好きじゃない、もう好きじゃない。

確かにこいつはそう言ったんだ。俺のこと、もう好きじゃないんだと。

大したことはない、始まった理由もきっかけも、すでに思い出せない。
それくらいしょうもない口喧嘩をした。
締めくくりがそんな台詞だった。

俺は何も言えなくなってしまって、小鳥遊はすぐに、なんでか吐き出した方が俺以上にひどく傷ついたって顔をして、でも引けなかったんだろう、気だって立ってたし。
寝室に立て籠りやがった。
おかげで俺は安物の固いソファの上で一夜を過ごさなきゃならなかった。

夜通し聞こえる啜り泣きが気になって寝不足だし身体は痛いしで、さんざんだった。

でも大したことじゃねぇんだよ。

「大丈夫、俺はまだ好きだから」

そうだろ、なぁ。

お前が俺のことどう思ってんだかなんて知らねーよ。
けど、お前みたいな顔も性格もぶさいくな女を好き好んでそばに置いときたがる男なんて俺以外の他にいないんだから、おとなしくここにいればいいんだ。

細い指がシャツを掴んできた。
しがみついてくる身体、スウェット越しに感じるうすっぺらい胸が当たって、バカみたいに単純に心が踊る。

小鳥遊の口からごめんなさいが聞けるまで、そんなに時間はかからないだろう。

そういうときのお前は、ちょっと可愛いなんて、そう思う俺はたぶん趣味がわるい。

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