雨上がり | ナノ
雨上がりの庭は、芝に残った雨粒によってキラキラと輝いて、透き通った空気と湿った土の匂いでいっぱいになっていた。
空にはまだ灰色の重たい雲が浮かんでいるものの、その隙間から差し込むいくつかの光の線は美しかった。
すん、とする匂いを思い切り吸い込んで、それからふたりは顔を見合わせると、ニッコリと笑う。
フィディオもルシェも、この瞬間が好きだった。

最初の日のことを、フィディオは思い起こす。



初めてルシェがこの家に遊びに来た日も、雨が降っていた。

本当だったら公園でサッカーをしようと話していたのに、晴れると言っていた天気予報が大きく外れてしまって。
大粒で重く降る雨に、玄関先で怯んだ。
それでも、ほんの少しの、もしかしたら止むかもしれない、という淡い期待をしてフィディオは待ち合わせの場所に向かった。

公園に着いても雨が止む気配はなく、もしかしたらルシェは来れないかもしれないなぁ、と半ば諦めかけたが、その後すぐに聞こえてきた、パシャパシャと水溜まりを駆けて近づいてくる音に自然と気持ちが明るくなった。

公園にはふたり以外いなかった。
灰色の公園に、赤と青の傘がひっそりと並ぶ。
地面と傘を叩く雨の音がうるさくて、積極的に会話をする気にもなれなかった。
スニーカーはぐっしょりと濡れてしまい、冷えていく爪先と水に包まれた感覚は、まるで水中にいるようだとフィディオは思う。
煩わしさを捌けたいと思いながら、でも公園内に雨をしのげるような施設はないから、何をするでもなく、ふたりはしばらく呆然と雨に濡れる景色を眺めた。

残念そうに空を見上げるルシェの横顔が傘のかげから覗く。
その表情が見ていられず、うんうんとフィディオは悩んだ末、そうだどうしてこんな簡単なことを思いつかなかったんだと閃いた。

それじゃあ屋根のあるところに行けばいいじゃないか。

雨が止むまで俺の家で待とう、とフィディオが提案すると、それまでどんより沈んでいたルシェの表情はパッとした笑顔で輝いた。

ふたりは水分をたっぷり含んだ重たい靴で、できる限りの早歩きをして、家へ向かうことにした。
歩くたびにたぷたぷとする靴底の感触が気持ち悪いのか、ルシェがあからさまに不機嫌に眉をひそめていて、フィディオは珍しいものが見れたなぁと内心感心した。
ルシェがそんな顔をすることなんて滅多にないのだ。

フィディオの住む家はなんてことない、ごくごく普通の小さな一軒家だった。
けれどルシェはおおはしゃぎで家の中を見て回った。
家の中のいたるところに飾られているサッカー関係で表彰された賞状やトロフィーの数の多さに目を丸くし、ぬいぐるみに囲まれた自分の部屋とはまるで違うシンプルな部屋に少し物足りなさを感じ、出されたクッキーの甘さにうっとりした。

でも彼女が一番気に入ったのは、フィディオの部屋の窓から見える庭だ。
ガーデニング好きなフィディオの母の手によってよく手入れされている庭は小さいながらも、色取り取りの植物で溢れている。
あいにくの天気で色彩のトーンは落ち着いていても、その豊富さはにぎやかなことに変わりない。
フィディオにとっても自慢なこの庭を、ルシェも気に入ってくれたことが嬉しかった。



「ルシェ、外見て。雨止んだみたい」

ルシェの小学校での話を聞いていたフィディオが、ふいに窓のほうを見て、ルシェに呼びかけた。
言われてルシェもそちらを見ると、窓を叩いていた雨粒は見当たらないし、そういえば雨の音もしない。
いつの間に止んだのだろう。

「ほんとだ!」

ふたりで窓辺に駆け寄って、待っていましたと言わんばかりに勢い良く開け放った。

あっという間に冷たく湿った空気が部屋に入り込み、清んだ匂いが二人を包む。

(この空気、好きだな)

「わたし、雨が上がったあとの匂いって好きなの」

え、とフィディオは目を丸くしてルシェを見た。
思ったことが無意識に口から出たのかと一瞬錯覚して、違う、すぐにルシェが言ったのだと気がつく。

「俺もだよ、いま、おんなじこと考えてた」

「ほんとう?」

嬉しそうにルシェが尋ね、フィディオはその頭を撫でる。

「雨が上がったあとって、なんかスッキリするよね」

「うん、全部丸洗いしちゃったような」

「そう、体の中もスッキリするの」

「新鮮だよね」

「緑と土の匂いがね、ふわってして」

「でも同じ雨上がりでも、アスファルトじゃダメなんだ」

「そう、そうなの!」

お兄ちゃんルシェとおんなじだーと、ルシェがきゃらきゃらと笑う。

こんなに笑顔のよく似合うルシェの機嫌を損ねてしまうほど降っていた雨は、予想外に素敵な置き土産をくれた。それはふたりの好きなもの。

同じ景色を見て、同じ空気を吸って、同じ気持ちでいれることが、なんて素敵だろう。



あれから、雨の降ってしまった日はフィディオの家で暇を潰すことが習慣になった。
結局帰る時間になっても止まないことだって、時にはあるけど。
同じ空気を吸うこと、そのときを待つこと。それだけで、わくわく出来る。ふたり一緒だから。

陽射しに照らされた花々の色合いが生き生きと輝いている。

これからもずっと同じ気持ちで、こうして隣に並んでいけたらと思いながら、瑞々しい空気をゆっくりと吸い込み、幸せだと、フィディオは感じた。

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