ばか正直 | ナノ
※高校生、ふどたか前提
昼休み、いつものようにイスを引きずった三人が俺の席に集まって来た。
鬼道、佐久間に続いて最後に来た不動が、全員が狭い机を囲んだところで「余ったから」と乱暴に卓上へと投げたものは、適当にサランラップで梱包されただけのシンプルな焼き菓子だった。
小さな山が出来る程度には量があるこれは見た限り、手作りの品のようだ。
透けて見えるそれは素人目に見ても美味しそうで、隣で「うまそう!」と笑顔になった佐久間の言葉に、俺も頷いた。
「どうしたんだ、これは」
鬼道が興味深げに訊ねると、不動はしかめ面で答えた。
「・・・小鳥遊のホワイトデーのお返し用に、俺が作った」
それを聞いて不動の器用さを誉めることよりも先に、ああ、と俺達は納得して頷いてしまった。
小鳥遊に、ではなく、小鳥遊の、ホワイトデー。
モテるのだ。小鳥遊は、女子から。
不動曰く、飾り気のないさっぱりした性格具合と、女子でありながら男子に負けず劣らずにサッカーで活躍しているところがたまらないらしく、高校に入ってからは女子高であることもあってか、他の生徒達から憧れの存在としてみられているようで。
こういうイベント事になるとやけに力の入る女子達によって小鳥遊は苦労をし、不動もそれに巻き込まれて大変なんだと、度々文句を言っていたことを思い出す。
その大変という内容は、なるほど、こういうことだったのか。
「まじうぜぇ。あいつ今年はクッキーでって言っておきながらいざ作り終わったら、やっぱりチョコ系にしてーなんて言い出しやがって、結局全部作り直したんだよ」
そんでこのクッキーは用済み、夜中まで菓子作りさせるなんてありえねーだろ、お陰で寝不足だと愚痴を垂らす不動を、声をあげて笑いながら佐久間がサランラップを外す。
「だからすごい量あるんだな、あとで成神たちのところにも持ってこうぜ」
「ぜってーやだ、俺が菓子作りなんて、あいつらにとって面白いネタでしかねえじゃん」
「あー俺部活の時に口滑らせてこれのことしゃべっちゃうかもなー」
「佐久間、てめぇは食うな!」
「冗談だって、食わせろよ!」
「おお、なかなかうまいじゃないか、器用だな不動」
「鬼道さんずるい!」
「いーよ鬼道クン、全部食っちゃって
あ、おい、ほら、源田も」
ずいと、目の前にひとつ差し出された。
思わず、それをじっと見つめる。
きれいな焦げ目がついていて、食欲を誘う色にかたち、ひとつひとつ手間がかかっていることが分かる。
雑な梱包とは裏腹に、こんなに丁寧に作ってあるのだから、作り直したチョコのほうだって力作に違いない。
そうしないと小鳥遊からダメ出しを食らう、という理由もあるのだろうけど。
「源田?」
ハッとした。
不動が怪訝そうに顔をのぞきこんできたので、慌ててクッキーを受け取った。
「ああ、大丈夫だ、すまない」
「なに、クッキー苦手だった?」
「違うんだ、ただ」
もう一度、クッキーを見る。
「不動は小鳥遊のことが本当に好きなんだなぁ」
しみじみと思ったことが、素直に声に出た。
な、と同意を求めようと不動のほうを見れば、なぜかこっちを見たまま固まっているので不思議に思う。
「不動?どうした?」
動きだそうとしない不動のことが心配になって、開いているほうの手を伸ばした。
「・・・なんで!そうなるんだ!このバカ!」
「いたっ!」
痛みの走った手を反射的に引っ込めると、赤くなっていた。
どうやら叩かれたらしいと、目の前の不動を見て分かった。
俺の手の甲より顔を赤くして、目をつり上げている。
どうやらなにか、怒らせてしまったらしい。
「ふざけんなよ!くそ!持ってくんじゃなかった!」
勢いよく立ち上がると、わーわーとわめきながら弁当とクッキーをかき集めた不動はあっという間に教室を出ていってしまった。
・・・なんだ、あいつ。訳がわからない。
困ってしまい、佐久間のほう見たら、机に突っ伏して肩を震わせている。
助けを求めようと鬼道を見れば、クッキーが名残惜しいのか、切なそうに不動の出ていったほうを見つめている。
どうにも二人には聞けそうにない。
だが、不動を追いかけようにも出ていった理由が分からないから、追いかけたところでまた怒らせてしまうだろう。
しょうがないから昼食に手をつけようとして、片手にクッキーをつまんだままだったことを思い出した。
それを口に頬る。
甘さ控えめで、香ばしくて、美味しい。
しっとりとした口触りは、どうしたら作り出せるんだろうか。
「これ、もっと食べたかったな」
そう呟くと、佐久間が一際大きくむせこんだ。