ビター | ナノ
※2012バレンタイン

スクールバッグを掴む指の爪先を見る。
昨日の夜、丁寧に塗ったベビーピンクは、大丈夫。キレイに彩ってくれている。
バッグの中から覗く、赤いリボンで飾られた、シックな色合いに繊細な絵柄の描かれた小箱も大丈夫、ちゃんとここにある。

そわそわと気持ちが落ち着かなくて、つい髪に手が伸びてしまう。
ウェーブを指先に巻きつけては解いて、巻いて解いて、小さく息をついた。

サッカー部の練習が終わったのを確認してからここに来た。
それなのに、なかなか正門まで来ないのは、一体なんなのかしら。

・・・きっと、いつもしているように、円堂くんや鬼道くんとの長話が始まってしまったのかもしれない。

そこに、マネージャー仕事が落ついたわたしと秋さんと春奈さんとで一緒になって混ざって、居残りをすることがある。

それはとても楽しいもので。

6人だけで、部みんなでワイワイとする楽しみとは違う、少しだけ特別のような。
大事な友だちに囲まれて、そこには気になる人も居て。
ドキドキして、でも居心地のいい不思議な充実感。

そんな感覚、わたしはサッカー部のマネージャーになるまで知らなかった。

でも。

(今日に限っては、着替え終わったのなら部室から出て来てさっさと帰りなさいよ!)

そんな悪態をつきながら、いま苦労をかけているだろう春奈さんと秋さんにも思いを馳せた。



『円堂さんとお兄ちゃんの足止めなら、任せてください!』

今朝、春奈さんは拳を握り締めて自信満々にそう言った。
バレンタインのチョコを持ってきたものの渡すタイミングが分からなくて、と不安を吐露すると、彼女は協力的に、というか、楽しそうに計画をしてくれて。
横で一緒に聞いていた秋さんも協力するね、と笑ってくれたのだった。

上手く引き離すことに手こずっているのかもしれない。

面倒なことを頼んでしまったのかもしれない。



(申し訳ないわ・・・二人とも、どうしてあんなに優しいの)

改めて思って関心しまう。
嫌味のない親切に、とても憧れる。

どうしても不器用な性分が拭えないわたしは、素直で可愛らしい彼女たちのようには振る舞えない。

けれど、せめて彼女たちが作ってくれるチャンスを無駄にしないこと。
今はそれだけだと夏未は思った。

(頑張らなくては、わたしのために協力しくれている二人のためにも)

「来門?」

「きゃあっ!!」

思わず飛び上がった。

だって急に、待ちぶせていた相手に名前を呼ばれるなんて誰も思わないじゃない!

「豪炎寺くん!」

驚かせないで!と叫ぶと、豪炎寺くんは心外だという表情をした。

「・・・こんなところにいるなんて思わなかったんだ、こっちはお前の声に驚いたぞ」

「わ、悪かったわね」

驚いたとはいえ大声を出すなんてはしたなかったと、頬が熱くなる。

「いや、別にいい。
珍しいな。
木野と音無と一緒にいなかったから、もう帰ったのかと思った」

「あ、ええ・・・その、二人は?」

「まだ部室に、円堂と鬼道と残ってる」

「そう・・・豪炎寺くんは、もう帰っていいの?」

そんなこと、聞かなくても良かっただろうと思っても、もう口から出てしまったのでしょうがない。
わたしの変な質問に訝しげな顔をしながらも豪炎寺くんは答えてくれた。

「まぁな」

なんとなく、味気なかったし。

独り言のように小さく吐き出されたそれをしっかり拾ってしまったわたしは、え、と無意識に漏らしていた。


味気なかったのはなんで。

今日に限ってみんなより早く帰ることにしたのはどうして。


黙ってしまったわたしを見て、豪炎寺くんは少し慌てたふうに顔の前で手を振った。

「・・・や、その、気にしないでくれ、大した意味はない」

(・・・大した意味はない)

邪険に扱われたようで、カチンときた。

「あら、そう、それじゃあ!」

思い切り髪をかきあげて、言ってやった。

(・・・って、違うじゃない!)

ふん、と踵を返したところで、ようやくわたしは本来の目的を思い出した。
頭が痛い、これだから、わたしは可愛くない。



慌てて振り返ると、豪炎寺くんは既にわたしに背を向けて歩きだしていたのでまたカチンと来る。

(ちょっとは引き止めるとか、考えないわけ?!)

相手はわたしがなんでこんなところにいた理由とか、なんにも知らないのだから、わたしがそう思うのは身勝手なだけ。

分かってる。

自分が悪いとは分かっていても、それでもどうも適当に扱われている気がしてしまってやっぱり腹立たしい。



けど、今日は。

そうじゃなくて。

バッグから箱を取り出した。

走り出して手を伸ばし、豪炎寺くんのスポーツバッグを勢いよく掴むと、都合良く開いてくれていた取り出し口に思い切り箱を突っ込んだ。

掴んだ反動で少しよろけた豪炎寺くんは、いつものすまし顔が崩れていた。
目を見開いて口をぱくぱくさせてる。

はあ、と一呼吸置いてから、わたしは彼を睨んだ。

「また明日ね!」

それだけなんとか言って、わたしはもう一度走り出した。
これ以上のスピードは出せないだろうってくらいの全力疾走で。



胸が苦しい、息が出来ない。

あのチョコ、すっごくすっごく有名なブランドの限定品なんだから、味わって食べなさいよ!
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