スイート | ナノ
※K生存、2012バレンタイン
自分のそれより一回りも二回りも小さい両手。
そこから大事そうに差し出された包みを、影山は何と捉えて言いのか分からず下ろされていた手をわずかに持ち上げてみるものの、中途半端なところで固まってしまって受け取るには至らなかった。
影山の正面に立つルシェは笑顔のまま首をかしげた。
「これね、今日はバレンタインだから、おじさんに」
(・・・ああ、そうか、バレンタイン)
今日は自身の率いるサッカーチームの練習があったが、選手達から何処か浮き足立った空気を感じていた。
身が入っていない訳じゃない。むしろ皆真面目に励んでいた。
ただいつもよりも嫌に力んでいたというか、一生懸命だったというか。
気になったのは、どこかわざとらしい、技の出し方とか。
軽い遊びのつもりで始めさせた練習試合は、まるで誰かの目に写りたいというように、無駄に派手なゲームに発展して。
そしていつもより練習の見学に来ている女子が多かったことを思い出す。
違和感の原因はなるほどこれだったらしい、と影山はひとり納得し、選手達のその愚直さを愛しいと思った。
若いな、と少しだけ、遠い昔を懐かしく感じながら。
しかし年老いてもこうして大切な娘代りから義理チョコがもらえるというのは、随分贅沢に歳をとれたものだな、と思い影山は心の内で微笑む。
「ありがとう、ルシェ。しかし、フィディオには渡したのか?
あいつ、私がルシェからチョコレートを貰ったと知ったら寝込みそうだが」
冗談で口にしてみたものの、考えれば考えるほど本当に寝込みそうな教え子を半ば本気で心配になる。
彼もまた愛に真っ直ぐな男だからと。
「お兄ちゃんにはもう渡したの、オルフェウスの皆やルカにも」
そんなフィディオを想像したら可笑しかったのだろう、ルシェはくすくすと笑いながら答えた。
「ね、だから、おじさんにも」
改めて差し出されたそれに、影山はゆっくりと触れる。
「ありがとう」
微笑と共に言われた感謝の言葉にルシェは目に見えて上機嫌になった。
「晩ご飯が済んだらいただくとしよう、ルシェ、手を洗ってきなさい」
「はあい」
言われるまま、走り出そうとしたルシェは何か思い出したように足を止めて、再び影山を見上げた。
「あのね、チョコの数、おじさんだけみんなより多くしたの」
うふふ、とはにかんでそう言い残すと、ルシェは頬を赤らめながら足早に洗面所へ隠れてしまった。
取り残された影山は手元の包を見やる。
小さな女の子の気まぐれだろうが、どうやら彼女の中で私は少し特別らしい、と影山は冷静に考えた。
(親代りであることへの感謝だろうか)
そんなところが妥当か、理由はどうであれ、特別であることは嬉しいと思った。
所詮自分もルシェには弱いということを認めなくてはいけないなと自嘲しながら、数の件はフィディオには言わないでおこうと、こっそり誓いながら影山はキッチンへと向かう。
その足取りはいつも堅苦しそうな彼には珍しく、どこか軽やかだった。