好きです | ナノ
※秋←冬
ふわふわと、微睡んでいた。
ライオコット島の気候が好きだ。
暖かな風はいつも優しく吹いていて、こんなにも心を穏やかにさせる。
わたしに与えられたこの部屋は日当たりが良くて風もよく入る。
そしてここからは練習場がよく見渡せるのだ。
ちょっとした空き時間を見つけてはこの窓際でのんびりすることが、この島に来てからのささやかな楽しみになっていた。
代表のみんなの声がすぐ外から聞こえてくる。
自主練習に励むみんなの頑張っている声が届いて、目を開けば姿も見下ろせることも、ここが好きな理由のひとつ。
でも一番の理由は。
一際大きい声がして、少しだけ瞼を持ち上げた。
守くんの声。
秋、と呼ぶからドキリとする。
目は完全に覚醒して姿を探し始めた。
ぱたぱたと円堂くんに駆け寄ってきた秋さんが視界に入る。
見つけた、わたしの一番の楽しみ。
選手の姿がよく見えるのと同じように、マネージャー仕事のためにあっちに行ったりこっちに行ったりする秋さんの姿をよく見かけることが出来る。
けれど今は嬉しい気持ちと同時に、彼女一人でないことに落胆した。
しかも相手が悪いから余計だ。
ごく自然に二人は近い距離に立って、何気ない動作で互いの顔を見合わせた。
守くんが何事か言うと、くすくすと口許に手を当てて秋さんは笑う。
それがもう可愛くて可愛くて。
花のように、というのはありきたり過ぎるのかもしれないけど、例えるなら蒲公英だ。
飾り気のないからりとした、けれど優しさがにじむ、柔らかで素朴な笑顔。
何を話しているのかは分からないけど、とても楽しそうにしているから。
ほんのついさっきまで穏やかだったわたしの心はもう落ち着いてなんていられなかった。
秋さんは誰にだっていつだって笑顔だけど、守くんと二人の時は特別に輝く。
他の人に向けるものとは違う、男の子には分かんないだろうな、おんなじ女の子だからこそ敏感に感じ取ってしまう雰囲気。
すぐに気がついた。
秋さんは守くんが好きなんだってこと。
守くんがどう思ってるのかは分からないけど、あの守くんのことだからきっと他意なんてなく秋さんに信頼を寄せてのあの距離感なんだと思う。
でも、そうやって冷静に見たいと思っている反面、良い雰囲気にも見えて仕方無くて焦ってしまう。
料理上手で気が利いて、お母さんのような暖かさと春奈さんと同じテンションで喜ぶような無邪気さを持ち合わせていて。おまけにサッカーも得意で。
そしてなにより、守くんと雷門のサッカー部を作った人だ。
二人にはたくさんの共有した思い出がある。辛いことも楽しいこともたくさん、たくさん。
出会ったばかりのわたしにそれを越えられるような魅力は、残念ながら無い。
守くんが秋さんのことをいつ好きになったっておかしくないんだ。
そう考えてしまうともやもやした気持ちが胸に立ち込めて、わたしは本当に自分が嫌になる。
もし秋さんを独り占めになんてされたら。そんなこと想像したくないのに。
守くんのことだって友達として恩人として、とっても大事なのに。
気持ちをぶつける勇気もなく、ただここからこうして眺めることしか出来ないくせに、嫌だ止めてと心の中で喚くことしかできない臆病者のわたしには守くんを責めることなんて絶対出来やしないのに。
悶々としているうちに、守くんが秋さんから離れていった。
練習に戻るみたいだ。
正直ほっとした。
いつまでも二人で話されていたら、わたしはもう見ていられなかった。
目を閉じて、胸に手を当てて息をつく。
再び目を開けたら、わたしは思わず叫び声をあげそうになった。
落ち着きかけた心拍数は一気に跳ね上がった。
もう秋さんも行ってしまったろうな、と思ったのに、秋さんはまだそこに立っていた。
そしてわたしのほうを見上げているのだ。
目がばっちりあって、わたしは固まってしまった。
有り得ないと分かっていても、やましいことを考えていた手前、それを見透かされてしまうんじゃないかと不安になって狼狽える。
けれど、秋さんはにこりと目を細めると、片手を胸の高さにあげて振った。
ひらひらと揺れるそれを見て、わたしに向けられてるのだと数秒してからやっと気がついた。
偶然見かけたから挨拶程度に、ということだろう。
慌ててわたしも振り返す。
上手く笑えているかは分からないけど、秋さんに嬉しいってことが伝わるように精一杯可愛く笑っていますようにと思いながら。
そんな必死なわたしを見て、かは分からないけど、秋さんは深く笑顔を作ると、くるりと背を向けて行ってしまった。
・・・ねぇ、誰か、見てた?
いま、秋さん、わたしのほうを見て笑ってくれたの
わたしだけを見て!
守くんを見つめる笑顔とは、やっぱり違うけれど。
でも、いいの、嬉しい。
秋さんがわたしに気がついてくれたから。
カーテンの裾をぎゅっと掴む。
遠くなる秋さんの背中が愛しい。
あの背中を今すぐ追いかけられたらいいのに。
出来やしないことを想像して溜め息をついた。
秋さん、秋さん。
知ってますか?
わたし、あなたのことが好きなんです。