212sexy | ナノ
※大人
「ひゃ、さむっ!」
吹き込んできた寒風に驚いて、開きかけたドアから思わず手を放してしまった。
勢いよく閉じたドアは大きな音をたてた。
後ろの方から何やってん!うるさいわ!とりかに怒鳴られて肩をすくめる。
「だって風が!」
振り向きながら言い返すと、キッチンから顔だけ覗かせてたりかと目があった。
「今日めっちゃ冷え込むって、天気予報で言ってたで」
「うわ、まじで」
それだけ言うとりかはすぐに首を引っ込めてしまったから、あたしは自分の服装を見下ろした。
仕事用のスーツの上に羽織っているのは、防寒作用はあんまり望めない秋口向けのトレンチコート。
そこそこ良いものだから生地はしっかりしているけど、冬用よりは薄い。
確かに昨日まではこれで乗り切れた。
でも、こうも急に寒くなられたんじゃたまらない。
自分の家なら他の上着に羽織り直せるけど、ここはりかの家だからそうもいかない。
昨日は残業で、終電ぎりぎりだった。
りかの棲むこのマンションの最寄り駅が仕事場と自宅を結ぶ乗り換えの駅で、仕事場から終電に乗ると自宅のある駅に向かう電車は既になくなってしまう。まったく、接続が悪いったらない。
だからこうしてりかの家に泊まらせてもらうことがよくある。
いっつも夜遅くに突然おしかけてしまっているのに嫌な顔ひとつしないで、さらに簡単な夜食まで用意して迎え入れてくれる彼女は、案外良いお嫁さんになるに違いない。
まぁ、あたしがこんなに入り浸れているうちは結婚なんて程遠いだろうけど。
それにしても。
この格好で外に行かなきゃいけないと思うと憂鬱だ。
腕時計を見ると、電車の時間が近付いている。
仕方ない。
このままここでうだうだしていたら仕事に遅れてしまう。
駅まで走って体を温めよう。
そう決心してもう一度ドアに手を掛けた。
「あ、待って塔子!」
「え?何?」
「ほら、これ」
ぱたぱたとあたしに向かって走ってきたりかの手には派手なネオングリーンの厚手のストール。
自己主張の強いそれにぎょっとする。
りかが夏の終わりに一目惚れしたやつだ。
デートと称したウィンドウショッピングに付き合わされたときに買っていたからよく覚えてる。
「つけてき」
「はぁ?!やだよ!それちょう派手じゃん!」
思わず叫んだらりかはムッとした。
その顔に少し怯みそうになるけど、でも、これはないだろ。
りかは良いけど、あたしには絶対似合わない。
「そんなん言ってる場合か、そんなぺらっぺらな格好で行ったら風邪引くで!」
「でもさ」
「でもなんも無い!ワガママ言うな!」
ワガママじゃないしっと反論する暇もなく、あたしの首に無理矢理ストールは巻き付けられた。
暴力的な色彩に目がチカチカする。
すぐに外そうと思って、だけど、首元からふあっと香った匂いに、一瞬思考がフリーズした。
これ、りかがいつも付けてる香水の匂いだ。
お菓子みたいに甘ったるくて、でもぴりっとした辛味のあるこれは、りかが一際気に入っていて、もう何年もヘビロテしている。
そういえば最近、よくこれを巻いて出掛けてると言っていたっけ。
使っているうちに匂いが移ったらしい。
あたしは香水というものがそもそも苦手で、自分では買うこともつけることもない。
まして、こういう如何にもな匂いの強い奴なんて本当はご免なんだけど、不思議なことにりかがつけると途端に似合ってしまうから。
りかがつけるもの限定で、あたしにとっても好きな匂いになる。
(なんかこれ、りかとひっついてる時みたいだ)
りかを抱き締めた時みたいな近さを感じさせる匂いに嬉しくなる。我ながら単純。
そんなことを考えてると、何を勘違いしたのか大人しくなったあたしを見て「ほら、やっぱり温かいほうがええやろ?」とりかは笑った。
検討違いなこと言ってるけど、そうだねとあたしは返事をしておいた。