はじめての | ナノ
左頬に添えられている指先がちりちりと熱い気がするのは、豪炎寺君のものかそれとも自分の頬の熱なのか。
あるいは、そこに熱なんて本当は無くて、幻なのかもしれない。
だって人の指先がこんなに熱を帯びるなんてわたしは知らないし、自分の頬がひどく熱を持っているとは思いたくなかった。

ついさっきまでざわめいていた部室はとても静かだ。
たまに、いい加減静かになさいと思わず声を張り上げてしまうくらいに賑やか過ぎるこの空間が、ただ無音であることが居心地悪い。
あの騒がしさが既に懐かしく感じた。

この場にみんなが戻って来てくれればいいのに。
例えば忘れ物をしたとか、彼かわたしに用があることを思い出したとか、理由はなんでもいい。
とにかくこの空気を変える何かが起こって欲しかった。
けれど同時に、誰も来ませんようにと祈っている自分がいる。
こうして豪炎寺君とふたりきりなのが嫌かと言ったら、そんなことは絶対にない。
現に今、いつも男の子達に囲まれて笑っている彼がただこうしてわたしだけに向き合っていることに、うずうずとした喜びが込み上げている。
ただどうしたら良いのか分からないだけで。

目を瞑るのは怖くて、でもまっすぐに見つめ返す自信もないから、わたしの視線は豪炎寺君の喉元から鎖骨あたり、それから時々唇をゆらゆらするしかない。
なのに彼はこちらを見ているというのが気配で伝わるからどうにも落ち着かなくて。
いつもきれいだと盗み見ていた鎖骨が至近距離にあることは嬉しいやら恥ずかしいやら、やましい気持ちが生じて僅かな罪悪感が起こる。

わたしも豪炎寺君も何も言わないまま、どのくらいたったのだろう。
きっとほんの数分であるはずなのに、もう永遠と途方の無い間こうしているような錯覚を覚えた。

知るのが怖いと思った。
得体の知れない何かが変わってしまうことが怖い。
そもそもまず正体の分からないものが余計に予測不可能な何かに変化するなんてどういうことなのと、自分でも思うものの怖いものは怖い。
わたしも彼も、何かが変わる。変わってしまう。
でもそれに期待している自分が、確かにいる。



「何か、言って」

とうとうたまらなくなって無音を破ったのはわたしの方だった。
相変わらず目を合わせられないまま吐き出した声は情けないほど震えていた。気丈に振る舞いたかった、今わたしが何を思っているかなんて、悟られたくなかった。
豪炎寺君はいま、何を考えているんだろうか。

「・・・いいか」

思案していたのか、ワンテンポ遅れて返された返答に、わたしは思わず顔をあげてしまった。
瞬間、やってしまったと後悔したものの、かち合った視線で分かった。
彼の目には困ったような迷いのような色。
それを見たら、なんだか気が抜けてしまった。
きっとわたしだけじゃない。
彼も怖いのかもしれない。

「・・・そんなこと、聞かないでちょうだい」

言いながら、笑わずにはいられなかった。
そんなわたしを見て豪炎寺君は怒ったような顔をしてみせたけど、それが照れ隠しだと分かるからやっぱり笑えてしまう。
少し、たじろぐように離れかけた指先がわたしの頬に再び添えられた。
慎重に触れるそれに、大事にされているのだと実感出来た。
変わっても構わないと思えた。

近付く視線と唇を、静かに、厳かに、神聖な儀式のように。
わたしはとうとう目を閉じて、待ち望んだ。
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