1145 | ナノ
自動ドアに近づいたとき、すぐ後ろからやって来た人の顔を何気なく見上げたら、あまりにもよく知る相手だったから物凄く驚いた。
「あっ」
「あ?」
俺の口から漏れた声に反応したその人はガラの悪い返答を寄越してきた。ついでに言うと目付きも悪い。
相変わらずっすね、明王さん。
目があって、俺だと認識したんだろう途端に心底面倒くさいという表情をした。
ひどいっすよ、明王さん。
「あれー、あきおさんって、住んでんのこの辺じゃないですよね?」
明王さんとは卒業式後の打ち上げ以来会っていなかったから、たぶん俺の機嫌は目に見えて上がってると思う。
気に入っている先輩のひとりだ。
口も態度も悪いけど、行動で分かる、どんなにサッカーが好きか。
不真面目な見た目に反して、真摯にサッカーに向き合う真面目さを尊敬していた。
久しぶりですとは、敢えて言わないでおこう。こういう何気ない一言で時間という距離を、今は感じたくなかった。
自動ドアが開くと並んで店内に入る。
明王さんがまっすぐデザートコーナーに向かうから、俺もそれについて行く。
「いや、この近くに最近忍が引っ越して」
「へー、まだ小鳥遊さんと続いてたんすか」
長いっすねーと笑う俺の言葉に明王さんは失言したって風にばつの悪い顔をした。
在学中からサッカー部公認の仲で、当時から散々いじられてきたんだから、今更恥ずかしがることもないのに。
ていうか、下の名前で呼んでたんですね。
俺たちの前では苗字呼びでしたよね?
よし、明日、洞面に報告だ。
「・・・お前、今、余計なこと考えてんだろ」
「やだなぁ、そんなことないですって。
それじゃあ、これから小鳥遊さんちに遊びに?」
「あーまぁな、合コン終わったらすぐ風呂に入りたいから代わりに沸かしとけってメールが来てよ。
しょうがなく向かうところ」
「ん?合コン?」
合コンって、合コン?いわゆる付き合ってない男女の出会いの場のことですか?
「えっと、ふたりは、付き合ってるんですよね?それなのに?」
「は?いや行くだろ、付き合ってても」
「・・・そういうもんなんすか?」
「つっても人数合わせのためとか、最初から狙いが決まってる友達のためにうまく誘導するためとか、まぁサクラみたいなもんだって。
特に女同士はそういうの色々面倒なんだと」
「へぇ」
「前に小鳥遊が言ってたけど、こっちが全員彼氏持ちで冷やかしで行ったら男側も全員彼女持ちで最初からお互い合コンする気がなかったっていうのもあったらしい」
あ、わざわざ苗字に直してる。
「それ、やる意味あるんすか」
「知らねぇ、興味ねーし」
「ふーん・・・でも、嫌じゃありません?
彼女がそういう場所行くの、ほら、心配とか」
「付き合いで大変だろうなぁとは思うけど。
小鳥遊がそんな楽しんでるようには見えねーから」
信頼してるんだろうな、明王さんの、照れ隠しすらしなかったあまりにさらりとした口調がそれを物語っている。
二人はうまくやってるんだろう。
それが嬉しい。
俺が見ていないところでも、見知った人達が今も変わらない関係を築いている。
けど俺だったら、好きな人が合コンに行くなんて言ったら冷静じゃいられないかもしれない。
「なーんか、大人ですね」
まず合コンなんか行ったことないですもんと言ったら、明王さんがにやりと意地悪そうに口を歪めた。
「小鳥遊に、今度お前も誘うよう言っとくか?」
「まじめに受験生やってるんで勘弁してください」
「うそつけ、こんな夜中に出歩きやがって」
明王さんの手が伸びてきてぐりぐりと頭を乱暴に撫でてきた。撫でるというより、髪をぐしゃぐしゃに混ぜられてる。
自分だって高校時代、いつも佐久間さんと夜中までふらついてたくせに、棚にあげてよく言う。
寺門さんが、あいつらまた補導されたって愚痴ってたんですからね。
悪さをしてたわけじゃなく、二大参謀としてサッカー談義が盛り上がり過ぎて時間を忘れて話し込んでたっていうような事ばかりだったらしいけど。
「ふらついてるんじゃないですー、俺これからバイトなんですー」
「へえ、お前がバイト。どこでやってんの?」
「あ、」
やばい、忘れてた。
俺ここにバイトしに来たんだった。
明王さんと喋るのに夢中で、入った時に今勤務の人に挨拶するのも忘れていた。
慌ててレジの方を見ると目があって、苦笑いされる。
うわぁ、気まずい。
すいません、お疲れさまですと早口に言うと笑ったままぺこりとお辞儀で返されて少し安心した。
まだ始めて一月ちょっとなのに態度の悪い奴だなんて思われるのは困る。
「お前ここでバイトしてんのか」
「そうなんです。深夜勤で、12時から」
「じゃーもう来るのやめとくわ」
「なんでですか常連になってくださいよ」
「お前に会うの、めんどくせぇ」
「ひどい!あきおさんひどい!」
「うるせぇなぁ」
ふざけて両手で顔を覆って泣き真似をすると、また頭に手を置かれた。
さっきみたいにぐしゃぐしゃにされると思って少し身構える。
なのに、今度は違った。
口調は乱暴なのに、さっきとは違ってあやすような優しい手つきでそっと二度、ぽんぽんと置かれた。
想定していなかった動作に、身構えてた体はぎこちなく固まってしまった。
高校生の時は、こんなことしてこなかった。
同じ場所で肩を並べて一緒にバカをしてたはずなのに、なんで、そんな大人っぽいことするんですか。
立っている場所が変わったら俺のこと、子供扱いするんですか。
もう同じ場所にはいないことを思い知る。
構われて嬉しい気持ちにモヤモヤとしたものが覆い被さって、手で隠した表情は少し強張った。
隠してて、良かった。
「・・・あ、じゃあ俺、もう行きますね!」
着替えとかあるんで!と言い訳しながら、その手から離れた。
避け方、不自然じゃなければいい。
うまく笑顔になれてるといい。
「おう、頑張れよ」
「あきおさんこそ、仕事頑張って下さいよ。あと小鳥遊さんにもよろしく言っといて下さい」
常連希望!と再び冗談みたく内心半ば本気で言えば、犬を追い払うみたいに手を振られた。
苦笑いしながら踵を返してバックヤードに向かう。
「またな」
不意に一言、俺の背中にぶつかった。
思いきり振り返ると片手に牛乳プリンを持って明王さんが笑っていた。
プリン、似合わねぇっすって言ってやろうかと思ったけど、自然に投げられた「またな」がどうしようもないくらい嬉しくて、しょうがないから、俺は顔をくしゃくしゃにして笑い返すだけにした。