いらないと言って | ナノ
※染←アツを含みつつなしろアツ



いつでもいなくなれる準備をしていたかった。
俺がここにいるのは士郎のためで、士郎が望んだからで、士郎を守るために存在する俺がどこまでも士郎に依存しなければ成り立たない脆くて儚いものだということはずっと、たぶん最初から分かっていた。士郎の中に生まれたその瞬間から。
だから、俺が士郎以外の誰かと必要以上に関わる理由も意味も存在しなくて、適当かつ粗暴な態度をしてきたし、そもそも優しくしようとも思わなかった。
士郎がいればそれで良かったから、士郎が必要とする以上に出過ぎることなんてしてこなかった。
いつ消えたって、構わなかったから。
士郎を守れれば、それで良かったから。
それが唯一の存在定義である俺にとって士郎は、たぶん世界だ。
いつか士郎が。俺がいなくなっても大丈夫な日が来るその時まで。
その時は、なるべく早く来れば良い。
士郎が俺なんて頼らなくても大丈夫だって言える日が来ることを、俺はずっと願っている。
士郎に望まれて生まれた俺は、士郎の望む幸福が俺にとっての幸せで。
俺がいつか消えるその時が、士郎にとって本当の幸福の始まりなんだと信じている。
ずっと、ずっと。
だからいつ消えたって、構わないと。
思ってきた。



目の前がぐらりと眩んだ。
同時に縺れてしまった足はなんとか踏ん張らせたので転倒は免れた。
けど随分カッコ悪い。

くそっ。

思わず口から出た悪態に、おい大丈夫かよと俺の隣で立ち止まった染岡がからかいを含めた声で笑った。

「へーき」

視界はもう良好でなんともないのに、胸の奥につっかえているもやもやとした感覚が煩わしくて左胸のあたり、ジャージをぎゅうと掴んだ。
まだ出てくるなと、願った。

「休憩するか」

「なんだよ、大丈夫だっつーの」

「ちげぇよ、俺が休みたいんだよバカ」

染岡は土手を指差すと、そっちに歩き出した。ほら行くぞ、と急かしてくる。
その後ろ姿が同い年のくせになんかかっこいいからずるい。

バカって言うほうが、バカなんだぞ。
言い返しながら驚かせてやりたくて、その背中に飛び付く。
首に腕を回してしがみついて、少し体重をかけた。
ちょっとめんどくさいと思われて、でも絶対拒絶までされない程度に、慎重に加減をとりながら。
染岡はなんだよと言いたげに少し身を捩る仕草をしたけど、本気で嫌がっていないのが分かって俺は安心してそのまま引きずられるようなかたちで歩く。
染岡が喉元で笑いを堪えるのがしがみついたところからじんわりと伝わってきた。
この笑い方が好きだ。
しょうがねーなーって、甘やかされている感じがするから。
本当はまだ走れるくせにバレバレな気遣いをしてくれるところも、好きだ。



士郎が幸せになれれば良い。
それが俺にとっての幸福で士郎を守るということは俺の世界を守るということだ。
それは今までずっと、そしてこれからもずっと、俺が消えるその時まで俺の中で一番大切なことで。
ずっと昔から終わりを想像してきた。「もう大丈夫だよ」とあの情けない、でもとても優しい、俺には無い優しさを晒したやんわりとした笑顔でへらりと笑いながらさよならを言われたいと思っている。それが俺にとって幸福な終わり方と思い描きながら士郎を内側から、そしてたまに外側から支えてきた。

俺は士郎を守るために存在しているから、だから。
こんなのは、おかしいに決まってる。



「地元から離れて生活するのって、結構しんどいもんだよな」

「ホームシックってやつ?」

俺が引っ付いていた腕をほどくと、染岡は地べたに座った。
俺もそれに並んで胡座をかく。

「んー、それはよくわかんねぇけど、でも疲れるだろ。バスの寝泊まりって肩凝るじゃねーか」

最初は遠足気分も多少あったんだけどなと肩を回して笑った。

「あー確かに」

「自分の布団で寝たくなるよなー」

そうだな、と頷いた。
けれど胸の奥がじくじくと痛む。
こうやって何でもないやりとりをしてる間にも曖昧な不快感は確かな痛みに変わっていく。
士郎が悲しんでるからだ。
必要以上に出ていくべきじゃない俺が、それなのに士郎を差し置いてここにいるせいだ。
暖かい布団で眠るのも、肩がこるのも、感傷的な感情も、本当は俺のじゃない。どれも、士郎のものだ。
それなのに俺はあたかも自分のことのように振る舞う。
もう少しだけだとすぐここにある痛みに知らんぷりしながら。
染岡が甘やかすように笑う仕草も、じゃれあいを許してくれるのも、こうしてただ何でもない会話をするのもすべて士郎に向けられてるものなのに。
それを欲しがる欲望すら士郎のものなのに、そのはずなのに。
俺はここにいたいと願う。
まだ消えたくないとしがみつく。
なんで。
どうして。



なぁ士郎。
今だって、この瞬間だって、確かにお前が一番大切で守りたくて、それが俺がここにいる理由だよ。
そうだろ?お前が俺を必要としたから、俺はここにいるんだろ?
でも、だから、早く消えてしまいたいって思うんだ。
誰よりお前に幸せになってもらいたいよ。悲しみも孤独も諦めも俺のことすら全部手放して笑うお前が見たいよ。
それなのにこいつとまだ話がしたくて一緒にいたくて、悲しむお前を無理矢理閉じ込めてまで外側にいようとする俺は。士郎の幸福の妨げでしか無い俺は、お前の望むものを与えられない。
お前を守れない俺なんて、いらないだろ。

最近になって、お前を守っていくのは、本当は俺じゃないのかもしれないって考えることがあるんだ。
いらない感情に触れ出した、欲することを覚えてしまったのはもうきっと用済みという合図なんじゃないかって。
俺が消えて、それから、お前のとなりに立つ誰かが本当にお前に必要な存在なのかもしれないって。

ずきずきと痛む胸の奥で、士郎が顔を歪めているのを見た。
そんなに深く傷ついた目で俺を見つめながら、それでもまだ俺を手放してくれないお前は、何を恐れているんだよ。
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