仲直り大作戦 | ナノ
※K生存、ルシェとフィディオ
なんでこんなことに・・・・、と影山はすぐに逃げ出したい衝動に駆られた。
サングラス越しでも目がチカチカしそうなカラフルな商品棚に、無駄にテンションの高いBGM、騒がしい子供の声が反響する店内に入った途端、足がすくむ。
彼が足を踏み入れた場所は大型チェーンの玩具屋だった。
長身に細面、表情を隠す黒いサングラスにきつく結ばれている口元・・・どれをとってみても、堅い威圧感を感じさせる風貌は明るく浮き足立った独特の空気を放つ店には似つかわしくない。
「さあ、K。早く選んじゃいましょ?」
ね?と小首を傾げながら自身の隣に立つ好青年の嫌味のない笑顔に影山は少し腹が立つ。
面白そうにしているのが気に入らない。
「そうは言われてもだな・・・」
口篭り、影山はサングラスの奥の目をうろうろと動かす。
居心地悪そうにして落ち着かない様子の影山を見上げながら青年・・・フィディオは、とうとう声を上げて笑った。
「そんなに睨まないで。
こういうところ俺だって来たことないから、俺もあなたと同じに恥ずかしいんですってば。
・・・あ、ほら、ぬいぐるみはあっちみたいですよ?」
行きましょう、とフィディオは指差し、歩き始める。
影山は慌ててそれに従い、重く感じる足をなんとか動かした。
元はといえば、ルシェの機嫌を損ねてしまったのが事の発端だ。
新しく受け持つことになったサッカーチームの編成に頭を悩ませ気をとられているうちに、影山はルシェとの約束をすっぽかしてしまったのだ。
水族館に連れていって欲しいという、普段から遠慮がちな彼女が珍しく自分から言い出した願い事だったというのに。
ほとんど徹夜状態で仕事を終えて、仮眠をとるために横になった。
次に目を覚ましたときにはもう日暮れで。
影山は血の気が引いたあのときの感覚を、今も忘れることが出来ないでいる。
『おじさんの嘘つき!もう知らない!』
ルシェが怒りまかせに声を張り上げたなんて初めてのことだから、影山はそれはもう大きなショックを受けた。
完全に非しかない影山は途方にくれるしかなかった。
どんなに謝ってもそっぽを向かれ、何でも言うことを聞くからと散々頭を下げたあげくにやっとルシェは『うさぎのぬいぐるみを買ってきてくれたら許してあげる』とふて腐れながら言ったのだった。
ルシェに嫌われてこのまま口を聞いてもらえなくなるわけにはいかない。
ルシェが可愛くて仕方がない影山は彼女との関係を修復するために恥を忍び、しかしやはり一人で出向く勇気は出せず、サッカー部の練習から帰ってきたフィディオを引っ張りつれてこうして玩具屋を訪れた次第だ。
「うさぎだけでもこんなに種類があるとは・・・」
品揃えの良さに影山は驚いた。
広い店内でなんとか見つけたぬいぐるみコーナーは目眩がするほど物量がある。
大きいものから小さいもの、耳のたったものから垂れたもの、柄や色も様々だ。
どれなら喜ぶのか、女の子の喜ぶものなど到底分からずに困り果てる。
ルシェからもっと詳しく希望を聞いておけば良かったと影山は後悔した。
「ああ・・・あんな小さかった女の子にいかにも高価で繊細なオルゴールをプレゼントしちゃうくらいですもんね。ちょっと大人びすぎてましたよ、あれ」
ルシェはとても喜んでましたけど、と思い出し笑いをしながらフィディオがからかうように言うと影山は口元を気まずそうに歪めた。
あのオルゴールは今もルシェの部屋の机の上に大切そうに飾られている。
部屋から繊細な旋律が流れてくることがしばしばあるから、オルゴールとしての機能もまだ失っていないようだ。
「仕方ないだろう、今まで女児と深く関わることなどなかったから勝手か分からなかったのだ・・・まさかサッカーボールをプレゼントするわけにもいくまい」
「Kらしくて良いと思いますけど」
バカにしてるのかと影山は悪態をつき、そんなんじゃないですってばとフィディオは相変わらず笑顔のまま手を振った。
「しかしお前と鬼道はボールで喜びそうだな」
「あはは、ついでにサッカー談義もつけて下さいね」
「高くつくぞ」
「そこは出世払いで!」
「果たして期待していいのやら」
「ひどいなぁ」
絶対期待以上です、と自信満々に答えながらひょいとうさぎのぬいぐるみを手に取る。
「でも本当、ルシェはどういうのがいいんでしょうか」
「お前でも分からないのか」
「ぬいぐるみをプレゼントって経験、無いですから」
ううむ、と二人揃って首を捻る。
容姿はまるで違うが、腕を組み、途方にくれて立ち尽くす格好は傍から見ると、まるで親子のように似ていることに二人は気がついていない。
「・・・どうします?」
「・・・仕方ない」
影山は決心したように頷くと、側を通り掛かった店員に声をかけた。
「ここにあるうさぎのぬいぐるみを、一種類ずついただけるか」
「えっ、ええ?!」
店員とフィディオはほぼ同時に驚きの声をあげた。
「出来ないなら、無理にとは言わんが」
影山がそう付け足すと、店員は慌てて、いいえそんなすぐに準備致します少々お待ちくださいませと早口に言い、すぐどこかへ駆けていった。
多分、人手と買い物カゴの確保にでも向かったのだろう。
フィディオは唖然としたまま影山を仰ぎ見る。
「K・・・」
視線に気がついた影山はフィディオを見下ろした。
「なんだ、何か問題でも?」
「うーん、いや・・・無いと思います」
答えながら、これが親バカというものかと、納得してしまいそうになるフィディオだった。
「二人揃ってこんなに買ってきてどうするのよ!」
帰宅した車を覗きこむなり、ルシェは呆れた声でそう叫んだ。
後部座席に溢れんばかりに積まれたうさぎのぬいぐるみの山。
それでは収まらず、助手席に座るフィディオも何体か抱えるはめになっているほどだ。
「うちのどこにこんなに置くつもりなの?」
両手を腰にあてながらルシェが問うと、影山とフィディオは気まずそうに顔を見合わせた。
そんなことを誰が考えただろう。
ルシェのことだけで頭がいっぱいだったとはまさか答えられず、黙るしかない。
二人を見据えたルシェも黙ったままでいたが、堪えきれずとうとう笑い出した。
「もう、こんなにされたら、怒ってたのも馬鹿馬鹿しくなっちゃう」
困ったように言う表情にはもう不機嫌な様子はない。
ルシェは眉を八の字にした。
「わがままを言ってごめんなさい」
「何を言っている、私が悪かったのだから・・・本当にすまなかった」
影山は慌ててルシェは何も悪くないと強く否定する。
それにどこか嬉しかった。
ルシェが自分に何かをねだったことも感情を露にしたことも、距離が近付いたような気がして。
玩具屋でも家路を急ぐ道中でも、こうしてひとりの少女にいっぱいいっぱいになることは決して悪い感覚ではないと感じた。
「・・・ありがとう」
はにかむ顔につられて影山の頬もゆるむ。
仲直り成功、とフィディオは膝に座るぬいぐるみの腕をふってルシェと影山を愛しげに目を細め見た。