セレッタ | ナノ
※K生存、成人ルシェ

怖いのよ、と低く唸るルシェは毛布に頭からスッポリとくるまった姿で影山にきつく視線を送った。

余裕の無い、怒ったような表情も仕草も、先日成人したにもかかわらず小さな子供の様子とまるで変わらないから、影山は胸中でため息をつく。

時計の針が指差すのは午前0時と少し過ぎ。
先程までパソコンに向かい、率いているチームのデータをまとめていた。
しかし彼ももう歳だ。
目の疲労と日々たまる肩凝りには勝てず、しょうがない、もうひとりの若い監督に明日にでも押し付けようと電源を落とし、ベッドへ入り込んだところで、ルシェはその部屋の戸を叩いた。



影山は心底呆れた顔でルシェをみやる。
最近は頻度が減っていたから、もう大丈夫なのだろうと安心し始めていたところだった。

「ルシェ・・・もう大人なのだから」

言いかけた言葉は「でもっ」と抗議するルシェの声に遮られてしまった。
ルシェの強い物言いに、影山は目をわずかに見開き、ルシェ自身も予想外だったというふうに己の口に手をあてて目を丸くした。
少しうろたえてから、気まずそうにルシェは影山を見上げ、今度は慎重に口を開く。

「お願い、おじさん」

こうしてやって来る彼女が、どうこう言って退いた試しがない。
いつも柔和なルシェの、けれど驚くくらい頑なな部分を知っている影山は、これ以上のやりとりは無駄だとすでに悟っていた。
そもそも彼女を拒む理由も権利も端から持ち合わせていないことを、影山自身よく分かっていた。

「・・・来なさい」

今度は隠すことなくわざとらしい溜め息を吐いてみせながら言えば、ルシェの表情はぱっと明るいものに変わった。
ころころと変わる表情に、なんて分かりやすいのだろうと、影山は思わず緩みそうになる口元をぐっと堪えた。
不自然にへの字に曲がる彼の口角にルシェは気がつかないふりをして笑顔を向ける。

「ありがとう」



影山は壁際になるべく身体を寄せて、ベッドにルシェの入るスペースを作ってやった。
そこに、ルシェは被っていた毛布から頭を出しながらするりと入り込む。
それから彼にぴたりと寄り添って、満足げに口角を上げる様子を、寄り添われた本人は少し居心地悪そうにしながらも黙って見つめた。
もう何度も繰り返しているはずなのに、こういった近い温度になかなか慣れることが出来ない自分の不器用さを疎ましく感じながら。

ひし、と影山の寝巻を掴む細く華奢な白い指。
居心地の良い場所に入り込めたことに満足し、綺麗に細められたカンラン石の瞳。

彼女が視力を手に入れてから、もうどのくらい経つのだろうかと影山は考える。
彼が彼女に与えたものは彼女の未来を自由にしたが、代わりに恐れるものをひとつ生み出した。

数年ぶりに再会を果たしたルシェは、ひどく闇を恐れるようになっていた。
もとは彼女が生きていた世界だというのにと、知った当初は奇妙に感じたことを影山は覚えている。

しかしそれを理由に既に10代の後半にさしかかる年齢にも関わらず、当時影山の教え子でもあり彼女が兄のように慕う青年と就寝を共にしていると聞いてその深刻さに頭を悩まし、結果的にはそれも理由のひとつとなって、影山はルシェを養子にする決意をしたのだった。
年頃の女の子が・・・それも我が子同然に可愛い子供が、いつまでも血縁の無い若い男と夜を過ごすことに何か間違いが起きるのではないかと心配するのはごく一般的な父性であろうと己に言い聞かせて。



『こうしていれば、いなくならないでしょう?』

まだ親子として共に過ごし始めたばかりのある夜、ひとりで眠るのはやはり怖いからと今日のように影山に寄り添いながら、ルシェはそう呟いたのだった。

『掴んでいれば、離れそうになっても気がつけるでしょう?』

何処か大人びた口調と表情は、しかし、とても幼く脆い子供のようでもあった。

それが過去に影山が彼女に対してとった行動を指していることに影山はすぐに気が付き、項垂れ、返す言葉が思い浮かばず、押し黙ってしまった。
どうしようもない理由ではあったが、それでも彼女を置いていかなければ良かったと後悔しながら。

日々大人になっていく娘の、いつまでも成長出来ないひとつの心の在り方に不安を持ちつつも強く諭すことが出来ないでいるのは、影山自身、その原因が自分であるという罪悪感が消えないという気持ちがあるからだった。

寄り添うことで、恐怖が薄れるならば。
父として出来ることを、とにかく何でも、彼女に与えたかった。
彼女が望むことをしてあげたかった。



「・・・私は、いなくならん」

ぽつりと、影山の真意が零れた。
それはとても小さな呟きでしかなかったが、寄り添うルシェにはしっかりと聞こえていた。

ルシェは目を見開き、静かに息を呑んだ。
なぜ今、影山がそんなことを言ったのか、分からなかった。
何を思ってそんなことを口にしたのだろうと疑問が浮かび、昔のことでも思い出していたのだろうかと勘繰る。

例えばそうだったとして、それは彼の決意なのか、自分への約束なのか。

分からないが、きっとそのままの言葉の意味で捉えていいのだろう、いや、捉えたいとルシェは思った。

「うん」

そんな期待を込めて、ルシェは相槌を打つ。



目が見えるようになったことにただ喜んだ、ひたすら無邪気で無知だった自分をひどく恨んだ日々があった。

見たかった世界と引き替えに大切なひとが、彼女の元から消え去ったのだ。

幼かった彼女は、彼は自分の代わりに闇に連れて行かれてしまったのだと思った。
それから目を閉じひとり眠る夜を、恐れるようになった。

なんて単純だと成長した今はそう思うものの、胸の奥に根付く恐怖心はそう簡単に消えてくれるものではない。
奇跡とも言うべき影山との再会を果たし、薄らいできた闇への恐怖心とは違う、ルシェの心に新たに芽生えたものは同じ後悔をしたくないという願望だった。

忘れた頃に思い出したように顔を覗かせる恐怖を振り払うために、ルシェは影山の元へ行く。
彼がそこにいることを確かめるために。
彼が去って行く姿を見逃さないために。
それがどんな理由であっても、今度こそついて行くために。


影山の寝巻を掴むルシェの指には無意識に力が入る。
白くなる爪先を、影山は悲しげに見つめた。

「絶対にだ、お前を置いていなくなるということは、もう二度とするまい」

「・・・うん」



後悔と願いを引きずりながら。

ふたりは共に眠りにつくために、目を閉じるのだった。
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