思い出すことを恐れていました | ナノ
どうしようもなく悲しくなることがある。
冬花は掛け布団を胸元にひきよせると、すん、とひとつ鼻をすすった。
父に連れられマネージャーを務めることとなった、あの代表選手達と一緒に過ごす日々はとても楽しいものだ。
(底抜けに明るいキャプテンの守くん、頭の良い鬼道くん、かっこいい豪炎寺くん、女の子に気を使うのが上手なヒロトくんや吹雪くん、大きくて優しい壁山くん、ちょっと怖いけどきっと本当は良い子であろう不動くん、とか)
ひとりひとり慎重に、丁寧に、冬花は思い浮かべていく。
誰もみんな見ていて飽きない、楽しい、と思うのだ。
それから自分より経験豊富なマネージャーの女の子達のことも、順々に思い浮かべる。
(はきはきと可愛らしい春奈さんに、キレイな夏未さん。
それから・・・)
(ひと際、わけ隔てなく優しい秋さん)
彼女といるとひどく安心することに、まだ短い付き合いのなかで、でも冬花は確かに感じていた。
まだ馴染みきれない自分にそっと寄り添ってくれるところ、手持ち無沙汰なときにそれとなく仕事をふってくれるところ、みんなの輪に自然と手をひいてくれるところ。
冬花は他の誰よりも慎重に、彼女のことをじっくり思い出す。
どこか控えめになりがちな冬花の居場所を彼女は自然と作ってみせるのだ。
嫌みなく、こちらが気兼ねないように、なんでもないことのように。
彼女がいなかったら、自分はこんなに早くあのチームに馴染むことはなかったかもしれない。
それは本当に嬉しくてありがたくて、でもどうしようもなく泣きたくなるんだと、彼女のふんわりとした笑顔を思い浮かべながら冬花は思った。
そう、その優しさはまるで――
(まるで・・・?)
一体なんだと言うのだろう、と冬花は首を捻った。
何か知っている、気がする。
秋の優しさとか、触れる手の温もりとか、そういうものから感じる懐かしい感覚。
遠い何処かで、ずっと前にも同じようなことがあった気がした。
でも分からないのだ、彼女と関わることで胸に沸く違和感の理由が。
秋といるとぽかりと胸にあく、正体不明の虚無感が冬花は時折怖くてたまらなかった。
それでも、秋から差しのばされる掌は温かく手を取られずにはいられなくて、隣に座られるともたれ掛かりたくなるほどにおおらかな雰囲気を醸されて。
時折上がったテンションのままに抱きつかれる感覚は、幸せ、だとも。
現に彼女を思うと悲しくてしょうがなくて、今にも涙は溢れ出しそうで、鼻の奥はツンと痛むのに、それでも今すぐここへ来て自分のこの異変に気づいてくれたら良いのにと考えてしまうこの思考回路は一体どうなっているのだろうと、冬花は甚だ疑問に思った。
(秋さん、秋さん、秋さん)
音のない声で彼女を呼ぶ。
伝わるはずの無い声が届けばいいのにとも、届かないで欲しいとも思いながら。
布団を抱き寄せた手には、ぐうっと力がこもった。
不意にドアをノックする音に冬花はびくりと、大袈裟なほどに肩を跳ねさせた。
反射的に、はい、とか細く応えると、冬花さん、と呼んだ声はまさに思いふけっていた秋の声で冬花はなおさら動揺する。
そんな冬花の様子に気がつくわけがなく、秋はドアを開いて彼女のいる室内に顔を覗かせた。
「良かった、まだ起きててくれて。なんだか眠れないから遊びに来ちゃった」
そう言いながら申し訳なさそうに眉を下げて笑う秋の顔を見た途端、冬花はとうとうたまらず泣き出してしまった。
布団に顔を押し付けて、飲み込みきれない嗚咽を漏らす。
ほっとして満たされるようなのに、でもからっぽで、怖い。
秋は泣き出した冬花にひどく驚き、しかしすぐに駆け寄るとそっと肩を抱いて優しく頭をなでた。
幼い子供をあやすようなその動作に、冬花は余計に胸が締め付けられる思いだ。
秋は、何も言わずにただその動作をゆっくり繰り返す。
物言わぬ優しさをありがたく感じながら、もう嬉しいのか悲しいのか分からないぐちゃりとした心のまま、でも秋から離れたくないと、冬花は秋のほうへ体重をかける。
矛盾した思いに行動。
彼女といると、遠い何処かに置いてきてしまった何かを、知っているような気がして。
(わたしは一体、何を恐れているんだろう)
ぼんやり考えながら、冬花はまた一筋涙を流した。